僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

奇跡

奇跡についていえば、おおよそそれはいつでもどこでも起こっていることなのである。

 

僕の話しでいえば、この頃僕は少しだけ変わった。心底嫌いだった労働へ自分から出向くようになった。午後3時をすぎてもベッドでぐたりとしていた過去の日常とは打って変わり、午前6時に仕事へいくため起きる生活をたまにしている。変化。それを奇跡と呼びたい。

 

むしろ、その変化については誰かからもっとも大げさに触れられるべきなのであろうが、一番近くにいる家の者は皆それを当然のこととし、あまり以前と変わりもなく、反応も極まりない程薄く、妙に伸びた陰のような日常を過ごしている次第である。

 

奇跡等、、といえば奇跡を揶揄しているようにも思われるが、しかし、奇跡等誰かがどこかで日常的におこしているものなのである。行きたかった場所へ行けたこと、出会いたかった人に出会えたこと、見つけたかったものを見つけたこと。例えば、いつの間にかほくろに長い毛が生えていたこと。そんなことですら奇跡的に捉えられる。気付かぬうちに・・・とはすこし悪である。気付ける筈のものは気付く。ほくろの毛には気付かぬかもしれぬが、些細な自分の心の変化には大抵気付くことが出来る。

 

奇跡とは気付くことではないだろうか。探したり、突如として起こることとはまた違う気がしている。気付けばそこにあるものではなかろうか。

 

最近、一日に起こる奇跡の数は自分で決められるはずだとおもっている。