僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

はたらく

職にありつけていて、仕事をしていても、仕事してないなって感じることがある。

 

しかも、稀になどではなくて、結構ある。

 

それがどういった理由からそうなっているのかを考えてみた。

 

おそらく個人的なものではあるが、ある一つの回答がでた。

 

自分の仕事でだれも喜んでいないこと、ありがとうといわれたり、笑顔をむけられたりしなかったこと。ついに手応えないまま仕事が終わってしまったときなど、、がなんだか仕事してないな、、と感じる瞬間である。

 

突然だけど、歯医者で診察待ちしていることがあった。その時の僕の役職は無職であった。サラリーマンの形(なり)を雰囲気で装っていたが、やはり仕事はしていなかったので違和感がどうしても残った。仕方の無いことだと思う。では、今の自分がその場に行けばもう少し違った対応ができるのではなかろうかと想像してみた。今の自分は週に3、4回ではあるが仕事をしている。だから無職の頃の自分とは違う。まず他人に対して怖じ気づくことは無かろう。しかし、、どこかひっかかるものがある。。僕は本当に仕事人なのだろうか?勤め人とよべる人間なのだろうか?という変な疑問である。いや、呼んでも良いんじゃない?お金稼いでるんでしょう。好きなものは自分のお金で買うのでしょう。それならアナタは立派な勤め人じゃないの。。とおっしゃってくれる方はいらっしゃるかもしれない。しかし、、周りがいくらそう認識しようとも、個人の実感が伴ってこない。たしかにせっせと言われたことをやって、体動かして、たまに額に汗を流すことだってある。そういう労働をしている。だが、だれかに感謝をされたり、微笑まれたりした印象がなく、逆にミスをして、人を怒らせてしまっていたりしていた場合、、仕事をした実感が果たして伴ってくるだろうか?という感覚であった。

 

仕事をすることとは、お金を稼ぐことである、、という世間一般の考え方が間違っているとは言わない。言わないが、何かそこには大きな省略がある。経験の無いものがそれを鵜呑みにするだろうが、ある程度経験した者がそれを鵜呑みにするだろうか?という疑問すら僕にはある。仕事をするということは、なんてことはない、、おそらく人を喜ばせることだろうと僕は思う。世間話で人を笑わせられる人がいる。僕は思う。ああ、この話し手の方はもう仕事しちゃってるなあ・・・と。仕事をしている間よりも、休憩時間に同僚の話し相手をして、遥かに本当の仕事をしている人がいる。自分も相手も楽しくなって笑って穏やかに過ごす術を披露している。本当ならばこっちでお金がもらえるはずなのにな、、と僕は思ったりする。

 

僕ならば、"今日仕事したなあ〜"っていう一日があれば、大体のところ誰彼に感謝されただとか、その人の笑顔を思い浮かべる。自分が行動したことで喜んでもらえたことを思い返す。それが休憩時間の出来事であったならば、本来の仕事とはその瞬間であったことを指しそうなものだ。

 

 

そんなことをかんがえてみていた。

 

 

果たして僕は仕事をしているんだろうか?

大きな謎を残して。