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退屈な男

夜中12時。男、お風呂に入っている。男の意識は眠気によって朦朧としている。

男は現在引きこもりで、昼に起き、外をみれば、大工のおっちゃん達が新築の屋根の上で作業をして、こちらを観察しているような想像を働かせてしまう。玄関が遠い、外へ出るのが怖い。人目が怖い。そんなわけで家でずうっとパソコンを何となく弄り、飯をたべ、youtubeをみては、ぐったりする。そんな一日が過ぎる。

男はそんな一日を回想して、思う。つまんねえ。そして飽きた。
男は死ぬことをフッと湯船の中にて思い浮かべる。いまこの湯の中に頭をつっこんで息苦しいのをガマンして、その壁を越えてまだまだガマンを続ける。そうすると、意識が遠くなり、目の前は闇に沈む。しばらくして、自分を見つめる自分がいることに気がつく。幽体離脱した自分は、子どもの頃のように身が軽く、どんなことでもやってのけれそうな可能性を感じることが出来る。まるで人生の絶頂期だった体と意識にもどったようだ。
 そんなことをイメージしながら、かすかに揺れる水面を眺めていると、下腹のあたりで多少の圧迫感を感じ、お尻の穴へ意識が流れる。ぶくぶくぶく、、と空気のタマが水面めがけて立て続けに浮上する。そして空中で生まれるように破裂する。くんくん、、臭い。ヘドロの匂いがした。
ヘドロといえば、よく地域のボランティアで土日に行われる川掃除の時に嗅ぐあの強烈な泥のうんちのようなニオイである。
ヘドロとは何ものなのだろうか?男は気になる。辞書を引いて調べてみよう。それでもわからなければパソコンを開いてみよう。男には納得いく答えに辿り着くまで強引に調べる癖があった。男はなるべく自分の優位なように情報を調べる癖まであった。なので自分にとって都合のいいように解釈し、ピンポイント的に意味を捉えた。そこで、"ヘドロ"とは、、川や海の底に溜まった沈殿物。有機物が混ざっていることが多く、海中の生物には良くない。ヘドロの中に居るだろう微生物達がヘドロの有機物を分解し、メタンガスを放出する。ヘドロは焼くことによって固まり、それらはレンガとして使用されることもある。ちなみに微生物達によって分解され、放出されるメタンガスは、人間の腸内で腸内細菌に分解され放出されるガスと同じ成分である。メタンガスには臭いはないが、人間の放屁にはスカトールというガスが含まれていて強烈な臭いがあるわけである。
ヘドロは語源は定かではないが、屁泥と書かれることもある、と調べた結果みつかり、オナラとの関連性は少なくともあるのではないか、、と僕は考えた。そして、きっと細菌や微生物が分解している不要物から生じる悪臭という意味では同じようなものなのではないか、とまで都合良く理解することにした。この情報収集から得られた情報は世の中(の人々)にとってどうでも良いことであり、くだらないただの出来事に過ぎないのであるが、男にとってはこれはちょっとした旅行であり、くだらない日々の連続なんかより、よほどスリリングなことであった。

 次の日、男は昼時に目覚めた。あまり髪は伸びていないのだが、その代わり、短い髪特有の強烈な癖ッ毛があった。男はそのゆるくカーブを描いた髪の毛の束に苛立を覚え、手グシで何度か髪の毛をといてみる。すると、雪のようにぱらぱらとフケが目の前に降ってきた。男はまたも自分の生活が虚しいものであることを思い出してしまう。
一、また昼過ぎにおきてしまったこと。

二、今頃、男と同い年のどこかのだれかさんたちは、サラリーマンとして大きな鏡ガラス張りの高層ビルディングの18階あたりで机を囲んで、みんなでわいわいと手作りのお昼ご飯を食べていること。

三、男は頭皮の病気にかかっていて、降っても降っても、減らない大量のフケが頭に湧き続けていること。

四、そのフケすらも男や男と一緒に暮らす家族以外、だれにも知られないこと。そして、その絶望。


フケを眺めているとふと、思い出すことがあった。そう、またもや男の妄想が始まった。
男の記憶は小学生時代にまで遡った。夏。外ではセミが鳴いていて、窓ガラス一枚分の厚みを通じて、男の耳にその鳴き声は響いていた。ここは教室だ・・・・、と男は教室の隅に備え付けられている穴ぼこのロッカーをみて思った。穴ぼこの中にはノートや運動靴、ランドセル、などがぶち込まれていた。そう、文字通りぶち込まれていた。ロッカーの上には透明のプラチックの容れ物が置かれ、その中にはジャリが敷かれて、半分に割られた植木鉢が置かれ、さらに植木鉢の半分の高さくらいまでの水がいれられていた。そして上からそれを覗き込むと、二本の赤いハサミを植木鉢のトンネルから覗くことができた。そこで男が気になったのはこれだった。植木鉢のトンネルの前にうすーい膜のようなものがぺらぺらと浮かんでいる。そうだ、ザリガニの形をしている。そしてこれはザリガニが脱皮した後であることを示していた。男は叫ぶ。脱皮っ!ザリガニが脱皮しているっ!!すると、クラス中の生徒達がロッカーの上のプラッチック容器へと猛ダッシュしてくる。そして歓喜の声をあげ始める。声を上げず、ぼうっと黙って観ている者もいるが、完全に集中力を全て奪われた視線でザリガニの殻を見つめている。おのおのの初体験の感動が脱皮という出来事から沸き起こってしまう、そう、人間の宿命である。
歓声の中、少しその場から離れた男は自分の肩にも眼をあててみた。頭皮の脱皮現象がそこではみられた。フケ。男は過去から現在へと戻ってきた。現在29歳の男はフケが降る現象を、言うなれば人間の脱皮現象であると捉えようとしていた。そうだ、これは脱皮なのであって、本当ならば感動で身が震え、思う存分に初体験の歓声を上げるべき出来事であり、男はこの現象に対してもっと興奮しなければならない筈である!
男はいつもの都合のいい男であり、自己満足の納得をした。
生きることは素晴らしい。
イッツ、ワンダフル!
頭皮はいつまでも、男がいずれ妄想することにも疲れ、あきれ果ててしまった後も尚、脱皮し続けるかもしれない。


まあ、それでも良いじゃないか・・・。


そうだ、まだわからないのだ。生きることは初体験の嵐のようであるのかもしれないじゃないか。


おしまい。