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ある夜(短編小説)

もごもごもご・・・・・もごもご・・・・

彼は本を手に取って、とても流暢な早口で本を読んでいる。声に出して読んでいる。
パジャマ姿で、扇風機の風をあびながら。

彼の目的はとても流暢にその本の文章を読む為だけのものであるらしいことが、こちらからは伺える。

その彼の口調や声はとても早すぎて、ハエが舞う音のような奇怪な音にしか聞き取れない。
ただ、発語はしっかりしており、単語を誤摩化したり、詰まって慌てるそぶりは無い。
ただ、目の前の文章を読み上げている。

これが学校の教室で先生に当てられて教科書を読むような場合であるとするならば、彼は即刻、先生に呼び止められ「もっとゆっくり、感情をこめてよんでくだ さい。それから声ももっと張ってみて。それではどうぞ。」と言われ、彼はまた同じ文章を繰り返し、今度はゆっくりと、感情を込めて、それから声も張って読 み上げることになるだろう。

彼の頭の中では文章を音読している間、どのような変化がおきているのであろうか?
声に出して読み上げる前に、目が先に本に書いてある文字を拾ってゆく。一つ一つが大事なキーワードである。
そのキーワードから彼の頭の中では映像につぐ映像がどんどんと湧いて出てきているのかもしれない。

とても流暢な早口でつかえることなく文章を読めるということは、既にその文章にかかれてある内容をコンマ1秒でも早く取得していなければ極めて難しい作業であるように思われる。
だから彼の音読の早さやその流暢な口先からでる言葉の羅列は、既に彼がついさっき見終えた映像のトレースに過ぎないような気もする。
それとも、映像の観賞と同時に文章の音読が行われている可能性も否定は出来ないだろうか。

とにかくそのハエが間近で飛んでいるようなビープ音がこちらには聞こえている。

ぱたん・・・・。

彼は本を閉じた。彼は何事も無かったかのように一息ついた。
そして、こちら側のわれわれはボタンを"ポチ"と押した。

われわれは彼を見ている。彼は時計を見やり、席を立った。
階段を上り、数個の扉を通り過ぎ、一つの扉の前に立つ。扉を開く。

われわれも、その一瞬のドアが開いた瞬間に"そいっ!"っと部屋の中へ侵入した。
われわれにもそのわれわれの行為が理解できないような気がするが、決して間違ってはいない気がした。

われわれはおかしなことに、われわれの存在についてはあまり良く知らなかった。
ただ、われわれにはやるべきことがあるような気がしていた。
なぜそんなことをしなければならないのかもよくわからなかった。
奇妙な存在だなあ、、とも思わなかった。

ただ、われわれは存在していた。

やるべきことだけを持って。


彼はまた時計を見ている。今度はケータイ電話の時計を見ている。
アラームを設定しているようだ。部屋は真っ暗だから、彼の顔とその周辺だけがほのかな青白い光に反射して、闇に浮かんでいる。不気味だ、酷く不気味である。

われわれはその顔にドキッとしながらも、くすっと笑ってしまった。

なぜだかわからないけど、そんなことがお笑いの天才、ビートたけしの一発ネタより面白かった。

・・・なぜだかわからないけど。


彼はそろそろ寝るようだ。ベッドの脇の板の上には本がつまれている。その横に、ケータイを置いて、枕の位置をセットし直し、
薄い掛け布団を描けた。そして、扇風機のスイッチをいれて、2時間タイマーのスイッチも入れた。

ブォオオオオオオーーーーー、、、、と扇風機は廻り始めた。

彼の額に掛かっていた前髪は扇風機の風によって、上へと舞い、おでこが露になった。彼の髪の生え際は目立って禿げかかっていたが、見事なMの形であったが、われわれはまったく可笑しくならなかった。

そんなことより、われわれは、そろそろやるべきことにとりかからなければならない気がしていた。

われわれが持っていたなぞの物体のスイッチを押せば良い気がした。
その物体のスイッチを押せば、あることが起こる。
それだけで十分われわれは仕事をこなして楽になれる、そんな気がしてならない。

われわれは物体のスイッチを、なぜだかわからないままに押した。


カチ・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・もごもごもごもごもご・・・・・もごもご・・・・


・・・・・・

われわれは前進に微弱な電気が走ってくるのを感じた。

そう、それは全身に鳥肌が立つ瞬間の、アレに似ている。

われわれは、いつのまにか、われ、になり、われ、はいつのまにか、わ、になった。


わはいつの間にか、 になった。

 はどこにも居なかった。



もごもごもご・・・・・・
・・・・もごもご・・・・・



彼、は、ぐっすり眠っていた。


もごもごもご・・・・もごもご・・・・・



なぜだかわからないが、床下・・にて早口で流暢な声が静かに響いた。



ハエの飛ぶ音に非常に似ていた。