趣味の世界

興味のある事

2015.5/29

起床午前10時50分。多少予定よりも遅くなった。健康な体を取り戻す為に起き上がり、下へ降りて、ストレッチをする。外はよく晴れている。ご飯をたべて、すぐに外へ出て散歩することに。

ポストを開くとTwitterで宣伝が流れてきて気になっていた"鬱展"のDMを、僕が話しかけて知り合った、せんさんが宮城県から送ってくれた。宮城のECHIGO GALLERYで開かれている鬱展に伺えば、このDMは無料で貰えるらしい!行ける人はぜひ、行ってみて!うらやましい!

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非常に丁寧な優しい心遣いをして頂、ますます死ねないな、、と感激しております。

 

あ、鬱展は五月の三十一日までです!Twitterでその様子を確認している次第ではとてもよさげな展示です。モラトリアムな大学生の方でも楽しめるのではないでしょうか。

鬱だな。。って時がやってくる人にはオススメしておきます^^

 

そんな中で、僕は強い日差しの中、自転車をどこへ行くでもなく漕いでいる。いつも北側、つまり岡山駅側へ向かって走る。なぜか南側へはいかない。なぜなのかはよくわからない。気が乗らないのだ。なんでだろうかね。

高校生のころは南側にある図書館へよくいってた。勉強しに。まぁーったく勉強できない癖に、勉強するフリだけはよくしていたな。。頭良さげにみられるが、そんなことはまるでないのだ、これが。。^^;

 

とにかく北側に何か自分が引き寄せられていくので、いつも北側へ向かう。街をながめてみると、とにかくたくさんの働く人々が目につく、、。

 

工事して家を作ってる人。荷物を運んでいる業者の人。営業で熱されたコンクリの上をスーツ姿で歩く人。今日はスーパーにもいったので、スーパーでレジを売っている人。商品を並べている人。鏡越しにマスクと帽子とエプロンかけて、測量器の前でなにやらしている人。

 

世の中たくさんの働く人たちで成り立っている。しかしものすごく違和感がある。。

なぜこの真夏日に営業の人は熱いコンクリの上を歩き、汗も流すだろうに、清潔感を崩さず、お客さん相手に良い顔をしなくてはならないのだろうか。

なぜ、工事現場の力持ちの人や、クレーンを動かせる技術のある人は、新しい建物をたてているのだろうか。

 

小売業でやってるひとたちは、とてもまともな労働者なように思う。本が好きで本屋をやる人は僕は理にかなっているとおもっている。紙媒体の本に愛着がある人が、本を売る事はなにも間違っていないし、本が好きな人はどうも、収集癖があり、本をドンドンあつめたりするところがある。だから世界一の本屋になるかどうかはわからないけど、本屋をやる理由として、本が好きだからというのは理にかなっている。

 

営業マンで喋るのが好きな人は、なぜ相手を選ばないのだろうか。工事現場の力持ちな人はなぜ岩を運ぶのだろうか。クレーンを動かせる技術のある人はなぜ、建てるのか。

 

喋るのが好きな人は、普段寂しい人と喋ってあげたら良いと思う。たとえば老人ホームにはそういうお年寄りがたくさんいるのではないか。ふれあいセンターのような場所へもいけず、その場からうごけず寂しがっている人はたくさん居そう。老若男女かかわらず。そういう人たちに出会って、喋ってあげたらいいのではないか。素直に。喋るのが得意で好きな人は、そういう人たちと出会いつつ、そしてラジオでもやった方がたのしい。営業の仕事はそのラジオで話すネタとして、アルバイトとして週に1回くらいやるのだ。その方が人の為になるのではないだろうか?

 

力持ちのあんちゃんは、これまた老人ホームでお年寄りを必要なときに必要な分だけ担ぐ仕事がいいのではないか。あとはホーム内での部屋移動のときに必要な時だけ、ベッドなどを動かす。必要とされない時は寝てもいいし、スマホをいじってもいい。タバコをすってもいい、自由。絵を描いたって良い。老人ホームに体育館なんかがついていて、そこでバスケットボールをするのだ。力持ちのあんちゃんは運動が好きそうだ。そして、その体育館の外面はキャンバスとして使用していい。落書きが好きな人は落書きをしていい。そのかわりに必要な時はかならずお手伝いしてもらう。

体作りと遊びと労働をかねた職場。つまり最高になるんじゃないか?

 

クレーンを動かせる人は、運転好きであろう。あと集中する仕事がすきなのかなあ〜とおもう。そういう方には老人ホームの庭作りと、送迎の運転手なんてどうだろう。庭作りの基本、デザインや配置などは庭師と相談してきめてゆく。つまり、最終的にクレーンの運転手であった人は庭師としても活躍しだす事になる。これは庭作りである。家を建てる変わりに、庭という広大な街を設計するのだ。夢の街。自ら設計から関わる事ができることをポイントとしていて、今までの仕事よりもさらに創造性は増す。自由度も増える。自らが基盤となり動くので、この通りにしなくてはならないという圧迫感は常になく、自分のイマジネーションが反映される。命を育む心も生まれ、環境に優しい人になれる。

時期にクレーンなどつかわなくても出来るじゃないか、みたいな気持ちになるとおもしろい。クレーンも必要な時に必要な分だけ使えば良いのだ。

家など建てず、森をつくろう。庭を造ろう。人に見てもらって喜んでもらえる庭を造ろう。大多数の人に安らいでもらおう。庭でライブとかできる結構いい感じな、公共スペースにしよう。若者がつどい、そこで路上パフォーマンスをしたり出来る場所。

建物たてて、よろこぶのは住まう人だけです。あと設計した社長。

 

このように、色々な事を考えてみていた。

 

小売業を少々やってきた僕は、小売りはまだマシだったんだなって思ってる。

それはやっぱり必要だし。過集中しすぎても困りものだけど、無かったら完全に人は生き辛いものだから。

居酒屋さんが、飲食店が、労働基準すっぱねて、めちゃくちゃ働くってのはどう考えてもおかしいけど。おかしいよ、おかしいんだよ!気付いてね。

 

どっちも家で事足りるじゃん?だって。。

 

まったく家だけじゃ事足りませんっていう人は、おそらく飯や酒を作ってくれる給仕でも雇ったほうが割に良い気がする。

 

居酒屋は個人営業が良い気がするし、飲食店もそう。

個人で納得のいく、ぜひこれを飲んで欲しい!食べて欲しい!、個々の空間を味わって欲しい!っていう儲けとかあんま考えてない人がやればいいんじゃないの?って常々思ってます。

 

仕事するのに落ちついてできるような空間を求めてファミレスを利用する人がいるみたいで、そういうのはありなのかもなあ〜って思ってます。

とにかく忙しすぎるのは、どう考えてもおかしい。労働時間も、拘束時間ももっと短くならないかなあ。おかしい。

 

人がこんだけいるのだから、もっと交代でまわせないかなあ。

個人の賃金よりも、僕は個人の満足度を優先させたい。

 

誰も試しても無いことを、それじゃあ生活ができないという。

 

しかし、それをやったことがあるのかどうか、おそらく今僕が言っているような事は日本では現実化していない。

個人は賃金をみすぎているし、職の満足度よりもそっちへ流されている気がする。

 

つまり職の悪食化現象が起きているのではないか。

 

なぜ、コンクリの上をスーツ姿で歩いているんだ!!?

みてるこっちが気分が悪いってやつである。非常に申し訳ないのだが。。

このめちゃくちゃ暑い日におかしいよ。ぜったい。

 

僕は1時間くらいで今日は絵を切り上げてしまった。

いつも4時間は描くんだけど、日陰だったりして運が良かった。今日は日当り良好な場所だった。まったく気乗りしないのに、描いた。

良い絵が描けずに自己嫌悪で終ってしまった。仕方ないと言えばそうだけど、こんな真っ昼間にクソ暑いのに外でコンクリの上で描けるって頭があるとするなら、それはもう僕の中では人間の容れ物としてみとめられない。脳みそだって人間の生き物の物であるかどうか、、疑わしくすら思う。

 

つまり、自然にはかなわない。それに歯向かおうとすると病気になる、早死にする。

あたりまえのことがやってくるだけ。

 

僕はサッと身を引いて、今、家に。

のんびり鬱展のDMでも開いてみようと思っている。

 

僕は本当に馬鹿だけど、このような体を基準に動いているところは賢いんじゃないだろうか。