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僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

2015.5/24

起床12時頃。身体がものすごい疲労していた。精神的にもダメージが大きいのか、ずっと眠い。夏は身体が動き難い。地中で冬眠してた動物達とは真逆で、僕は夏が苦手だ。本当に身体が重くなるし、疲れ易くなる。たのしいたのしい祭り事は夏にたくさん催されるというのに。。。

 

今日は昼間に起きたので、朝食は抜き?ってことになるのだろうか。とりあえず日に3食は食べたい。おきてまず、昨日の残り物の炊き込みご飯を、口へかきこむ。水分も大目にとった。緑茶なり。

 

意識が起きてくる。起きるとなんとなく身体が起動してくれて、シャキッとなる。まだ若いのかな。。これが年老いるとどうなるか、心配だ。でも、その日暮らしで生きなきゃ。その日を大事にする事が、先の未来へ繋ぐ確かなキッカケになるのだろう。だからその日のことをしっかり考えて動く。倒れないように食べ物は摂る。なるべく食べたい物を食べるようにしている。あまり欲しくないなと思う物は食べない。食べたい物を食べる。基本的にはこれで身体にいい気がしている。

僕は年中痩せている。太った事は1度だけ。東京で一人暮らしし、仕事のストレスでやけ食いしていたころがあった。お菓子をとにかく食べた。毎夜のごとく600gくらいのビスケットを100円でかってきて、とにかくたべた。ご飯を作ろうにも共同キッチンで音が出せないので、使えない。深夜つかってたら何度か叱られた。米を炊こうにも、炊飯器がどこで製造されたのかわからない、リサイクルショップで1000円で買ってきたものだったので、炊くのに1時間かかり、そして炊き終えた米を食おうとするとまったく火が通っておらず、少し柔いだけの芯ののこった米を食っていた。僕も馬鹿だった。早く炊飯器を買うべきだったのだ。米の重要性を無視し、僕は即座にパスタに走った。なので主食はパスタだった。一週間分を一晩で茹でて、ビニール袋に小分けしておく。安い小さな冷蔵庫にいれるのだが、冷蔵庫は冷蔵がまったく冷えず、困る。温度を強に調節すると、こんどは冷蔵で冷凍になる始末。。。もうはっきりいってめちゃくちゃだった。まったく生活の環境が整っていなかった。それでも、金がないからとガマンしてた。

半分、いや全体的にトチ狂った生活のなかで、僕はノイローゼ気味になり、毎夜、かならずビスケットを口へ運ぶようになった。完全に鬱状態へ移行しかけていたと思う。症状は色々あるだろうけど、ほんとうに精神的には参っていた。朝起きるのが非常に苦痛だった。起き上がれないくせに、起きる、という意味不明のことまでしていた。

 

気合いという言葉が嫌いになる一つのキッカケである。

 

太り始める。僕は顔に肉がつく。腹より先に。

だから、まず顔が太るのだけど、僕自身は正直わからなかった。太っている事すら。しかし、実家に帰ると母親たちに会うので、その時に太った?と言われ、気付く。

 

自分では恐ろしい程に気付けない。鏡をみてるにせよ、気付かないのだから、しんどかったのだろう。風呂も毎日深夜3時くらいにコインシャワーへ行く生活なのだ。本当にしんどかった。けど、朝いくよりも、夜が楽だった。朝はとにかく起き上がれなかったから。

 

そんなことがあった。

 

話しは戻りまして、今日は街を描きに行く。

中央図書館付近を彷徨いていると、堂々たる家に出会う。燻製された炭の家。

http://10tr.tumblr.com/post/119769320477/iv

10tr.tumblr.com

 

街展という企画をはじめちゃっている。上のリンクから僕のタンブラーへ跳べます。

Twitter上でもう開催しちゃおう!ということで更新し続ける予定。

とりあえず10個の家々までは駆け抜けて更新するつもりです。

目標地点は100個の家々のスケッチをそろえること。すべて描き終えたら、本当に街展をギャラリー借りてやるつもり。つまり祭り。打ち上げ。

 

応募者も2人いて、そのお二方がどのような絵をかかれるのかは不明。でも街展はだれにでもある心象風景を、今自身が住んでいる町に照らし合わせて表現する場なので、基本的にだれにでも表現が可能で、自由な感じなのだ。

絵でも、文章でも、物体でもなんでもこいの創作の大祭り。それが街展。

 

まず僕が先陣をきって、どうどうと表現してみる。これは実践であり、実験である。

正直な話しまるで自信は無い。何処まで続けられるのかとか、これにどんな意味があるのだろうか?とか、考え始めるとキリが無い。ただ、僕は僕が今やっていることが正しい事だと思っているし、まず楽しい。

だから正しいのだ。したいのだ。wantしてる!

欲している。そして理解したい。この活動には、まず自分との対峙でありながら、自分に近づく為の根源の行為であるとも自覚がある。

 

 

反作用と、作用。対峙と、和解。

 

この活動をするのには勇気が要ると思った。しかし今考えてみれば勇気は要らない。必要なのはただ、自分が正しい事をしていると自覚があるかどうかだけだった。

そう思えば、どんなことだって怖くはない。出来るはずである。

周囲に裏切られたら凹む、落ち込む。死んでしまうかもしれない。

そんなくらいに僕は弱い。でもチャンスは自分で掴むしかない。

 

今がそのチャンスだとおもっている。落ち込む事があったら立ち止まるだろう。そしたらそのときどうすればいいのか考えるほかない。それが生きる事だから。

 

ただ、今はチャンスが巡ってきている。

このチャンスをちゃんと活かして、大祭りを実現したい。

 

街展の応援よろしくおねがいします!

 

頑張っています。