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僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

2015.5/22

2011年の5月に描かれた4年後の自分、つまり2015年5月の僕に宛てられた手紙を偶然昨日の夜開いた。本当に偶然。昨日ちょうど、不治さんというTwitterでしりあった方から、手紙が届いていて、それを仕舞おうとしていた矢先に発見したのだから。。

 

手紙をひろげてみた。文章は今よりも断然下手くそで、アニメーターをめざし、マンガを描いていた頃だったらしいのだけど、とてもマンガを描く為の文章能力を携えていないように思えた。そんな当時、25歳の自分であったが、なんとなくいつものふざけた調子で、軽く肩に手を置いてくるような、そんな文章気質が自分らしいな、、なんて思い、少しだけ気持ち悪くなった。

けれど、その当時の自分がまるで別人に思えたし、ただのちょっとムカつく仲のいいやつみたいな感覚で、、。

当時の自分は、今と大体同じく、先行きの不安について感じていた。そのことについて、2015年はどうですか?などと書かれている。なので、その答えは2020年の僕に明け渡そうかと思っている。

とにかく仕事のことなんか訊いてきて失礼なやつ、、なんてことを思いながら、2011年の僕を読む。なぜ、2015年の自分に対して手紙を送ってきたのか?なんて想像しながら。その意図が全く書かれていないように感じたし、わからなかった。なんとなく2015年の僕に希望を寄せていたのかもしれない。今がどん底です、とでもあるかのように。

僕は少し変わっているのか、今現時点を大抵人生のどん底だと思うようにしている。これは通年変わらない僕の矜持のようなもので、そう思うことで少しでもマシな人間になりたいと常に思えるように設定されている。まるで機械みたいなのだけど、実際人間には機械的なモノの考え方や身体の動き方など仕組みが、僅かながら脳みそという山に工場がぽつんと点在している気がする。

 

2011年の自分はとにかく文章の下手で、考えにまとまりのない、あちこち思考が飛びまくるような、今現在の自分とあまり変わりがないような存在であった。

 

自分の事が嫌いなのか、ふざけていろいろと自分について書かれていたど、それではいかにも虚しいので、少しずつでも自分の事を好きになれるように頑張りたい。

 

そんな、下手くそな私ですが、早速2020年の自分に手紙を書きたいと思っている。