趣味の世界

興味のある事

始まり。

 2015.3.13 起床11時40分ころ。なかなかいい感じ!夕方にならなくて良かった!いや、少し意識しましたよ、さすがに!苦笑

最近酷すぎますので、、、ね。

今日はミヒャエルエンデの鏡の中の鏡でも読もうと借りてる本を手に取ったはいいのだが、寝室の二階から一階へ下りると、もう違うことを考えていて、読めず!明日労働なんで、その時にでも少し読めたらいいなあ。本自体が重いので、持っていきたくならないんだ、これが💦ソフトカヴァー希望です、切に。

今日は別になにも予定がなく、引きこもり。絵を描く予定も無い!しかし、何か描かねばとおもい、材料を探す。描きたくなるような素材を探している。紙は何でも良いわけではない。なんとなく。。本当は何でもいいんだろうけど、今日は特に気分がそういう感じではないので、その特別な気分とやらに従い材料を探す。最近は店でもらうハンドバックの紙質あたりがいいのではないかと感じている。少々の水になら強く作られているため便利。表にビニール加工が施されているものは少々厄介、、というか使いたくならない!なぜならば今日は特別な気分だからだ!、、絵描きらしくない発言の連発、ごめんなさい。。僕は絵描きでありたいのだが、、この生き方を選びたいです。

特別な気分の絵描きは音楽を朝イチで聴く。テンションは高め。寝起きで機嫌悪いときは夜にテンションが高くなる。寝起きで高揚しているときは、朝の調子がすこぶるいい。僕の健康日記。

 


Beck Where It's At Live 9-6-1997 New York,NY - YouTube

 


"死 作詩:萩原朔太郎 作曲:坂口恭平 by Kyohei-Sakaguchi - Hear the world’s sounds"


TALKING HEADS - YouTube

 

最近聴いてるやばい曲達です!

 

トーキングヘッズは大竹伸朗さんがたびたび発言するので、気になり聴いている。ライブバーションなのだが、ベース音がこれほど目立つ曲ってないですよね。すごっ!かっこ良すぎです!!みなさんも是非聴いてみてください。すべてがお勧めです。一日中音楽を聴いているとさすがに疲れました、、みなさんはほどほどに。。

今日も今日とて、音楽をとりいれつつ創作。一ページマンガは勘が戻ってきていて、即効で書ける。空想に30分ほど、下描き20分くらい。それで放っておく。修正・ペン入れは5日後くらいにまとめて。いやあ、順調です。そして最近描いているものはまあまあいい感じ。ノってきている。なかなか良いものかいてるんじゃないですかね。人の言葉を拾う、ということを意識し始めて描けるようになって参りました。そう、言葉乞食になれ!です。人様の言葉をひろい、それを磨きますとマンガになるのです!表現になるんですね。これにはたまげました。創作がわかってきたような気分!このままいくぞ、詰まるまで!ノってきたら、どんどんノる。落ちついたりしないもんねー。

というわけで、結構創作は順調です。想い出ノートもいい感じです。足りない要素はあるかもしれないですが、まったく気付けません!笑 これもしばらくやっていくうちに形態が変わっていくのかな、、楽しみです。いまの作り方、だれでも出来るんで真似してつくってみてはいかがでしょうか?メンドクサイというよりも、楽しいです!貼る作業には創作の準備段階を踏むための準備運動という意味合いがどうやらありそう。僕は朝いちで思い出ノートを作ります。一日の始まりの気分を表現。地球の歩き方一冊とたまたま拾った紙くずを使い、表現。いろんな色が出ます!単調にはならないんだ、これが。可能性を感じます。貼る時には僕は人間ではなく動物になっております。動物になると絵も描けるし、写真も撮れる。動物になる術を学ぶ!音楽は人を動物に変えることのできる音やリズムを発している。それに素直に体を揺らせば、ほら、動物になれます。そんな感じで毎日を生きたい。将来のことまったくわかりません!!とにかく磨く、色んな感覚を!毎日が修行じゃあ!!というわけで、お金稼ぎのことも学びたいところです。お金を稼ぐなら時給が発生する平等な場所で労働した方が良さそうですが、僕はそれ以外のちょいと外れたところでの商売、、露店商などもやはり興味があるわけでして。。どっちがたのしいかなと考えると、やっぱ断然後者です。絵でも売ってみようかなあ、、河川敷で。

あと、労働の本を出したい。こちらは一昨年で制作が一時ストップしている企画で、僕が取材したら面白そうな方に仕事についてきいて廻って、それを文章に起こして本にするものです。もうすでに2人取材はしていて、あと数人の取材を予定しています。どうにかこの本を完成させたい。今年はやりまっせ。やるぞ。すべて自己満足です!おもしろい本にします。本格的にハードカヴァーで作ってみたいなー。そんな分量(ページ数)作れないとは思いますが、やってみたい!またやりたいことが増えてしまいました。公言したからにはやらなくてはなりませぬ。やろーっと。

 

今日は映画を久々に観ました。もちろん自宅で。"Love is The Devil"という映画。有名な画家、フランシスベイコンのドキュメンタリー創作映画。主に、ベイコンの愛人ジョージとの関係を描いている。フランシスベイコンといえば、同性愛者で知られる人物でもある。ベイコンの家へこそ泥しにきたジョージは、煙突から落ちてしまい、ベイコンのアトリエでベイコンに発見される。そのままベイコンの恋人になるのだが、それはジョージにとって悲劇の幕開けになるのであった。

ここから感想です。

僕はベイコンはジョージを愛していたと思う。ベイコンはジョージをモチーフとして絵を描いたが、画家にとって、絵となるモチーフは特別な存在である。自分の人生をかけて絵を描くわけであるので、自身にとっては最大の興味と関心がなければ、モチーフとしてはそれは外れていく筈である。とくにベイコンにとってはそうだったと思わざるをえない。ベイコンのジョージを描く描写はそれほどまでに情熱的であり、空間がネジ曲がるほどの、ジョージの苦悩をただ観察し描いている。ベイコンはそれをジョージの回復をただ待っていると言っていたが、おそらくジョージになりきるほどの情熱をもってキャンバスに向かって仕事をしたことだろう。ベイコンは終始、映画の中で酷い奴である、酷い絵をかいている、と評されているが、僕にはただの愛のある人にしか見えない。人間を見る目が鋭すぎるために、いろいろと理解の早いベイコンはジョージに対していつもやさしく厳しい。しかし、ベイコンは絶対にジョージを愛しすぎていただろうし、たしかに疲れてジョージをけなした時期もあるかもしれない。浮気もしたし。けど、終始彼はジョージを愛していた。しかし、真剣さに欠けたのかもしれない。人として付き合うことの真剣さにかけたベイコンの態度が、ジョージを狂わせたのかもしれない。ベイコンには情熱は十分にジョージを愛するに達していたが、人として対等に、真剣に向き合う態度はやはり欠けている。もっと真剣に接したならば、結果は自ずと変わっていたかもしれない。ベイコンにとっては、絵の方が愛人のジョージよりも大事だということが、ベイコン自身気付いていない様子があった。気付かずに進んだ結果が、ベイコンの自己中心的な渦の中にベイコン自身も意識しないままにジョージを飲み込んでしまっているような気がする。いろいろと悲惨ではあったが、ジョージもジョージで救いが無かった。彼はボクシングで唯一自らを解放していたが、試合で負け戦が続き堪えられず辞めてしまう。自身を解放する場がなくなり、ベイコンを頼ってからは、ついにはベイコンがいなければダメな状態にまでなってしまった。依存と執着。そして、ベイコンの実力に対する嫉妬。彼の人生はどんどん狂っていく。ベイコンの紹介によって、会わされる友達とは折り合いがあわず、ジョージはついに居場所がなくなってしまう。そこからは薬への依存。酒と薬にたより、なんとか生を保ちつつも、毎晩の悪夢、希死念慮に苦しむ。ベイコンにぴったりくっついて眠る彼の様子は、まるで小さな子供そのものである。見ていて胸が痛くなる。。

最後に彼は自殺してしまう。ODと酒の組み合わせの悪さから、生命の危機にまで落ちたのだろう。

 

"ジョージはいつ起きても不思議ではない悲劇だ。親愛なるピーターに似て彼も少々欲張りであった。だれにもウケないジョークのような彼。それは避け難いことで、彼は常に自分の影に囚われていた。"ーフランシスベイコン

 

 とても残酷な映画だと思いますが、非常に面白かった作品です。自殺願望を持ってしまった人間の生き辛さが非常に伝わってきました。そして、その病は治るものなのだろうか・・・とも考えさせられます。僕に出来るのは、真剣に人と付き合い、向きあう努力くらいしか思いつきませんでした。ベイコンが忘れていたことは、だれにでもある判例のような気がします。間柄が近くなるほどに見えなくなる境界、意識しなくなる膜のようなものがあるということ。いくら僕が気付けていても、実際それが行動出来るのかどうかはまったく自信がありません。小さい頃は当たり前に出来ていたことが、今になって出来なくなったなと感じる部分でもあります。とりあえず、収穫があり良かったです。

 

ベイコンの絵、原画でみたいなあ・・・。