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僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

ちょっと疲れている体と心。それに情けない情熱。

2015.2.25 水曜日、カムパネルラ、起床、、午前8時30分。携帯のアラームがズームイン!服:著 坂口恭平の上で小刻みに踊っている。非常に耳なりのする音楽を奏でながら。僕は黒く薄くのど飴のように艶のあるその四角い物体を手にとり、側面に備え付けられたボタンを指で押す。すると、さっきまでの僕にとって暴走のように聞こえていた宴が噓のように静まり返る。これで良いのだ。斜め上に置いてある電子時計を片目で見上げる。午前8時30分。今日は9時に病院に着いていなければならない日。遅刻である。上半身を無理矢理起こし、タートルネック仕様のヒートテック一枚しか着てない上半身は朝の冷気をもろに吸い取る。だんだん身中にしみこんでいく冷気に嫌気がさす。。また布団にもぐって目を瞑ってみたい。と単純な希望。病院でお世話になる様々な人たちの顔が浮かび、そして、その人々全員に申し訳ないと頭を下げる。僕はそそくさとまた布団をかぶった。瞼は待ってましたと言わんばかりにすんなり現実から幕を降ろした。夢を見る。弟と僕は足下にコインが数枚広がったところへいる。そして、誰かが言う。100圓のコインを3枚もってこい。僕と弟はそうしなければならないかのように、しかし笑みをこぼしながらその十数枚のコインの中から100圓玉を見つける捜索へと勤しんだ。銀色のコインが明らかに"3枚だけ"あった。一枚は紛れも無い、僕たちが使用している100圓コイン。あとのもう二枚が可笑しかった。その一枚目の硬貨は横から見るとひし形であった。つまり表面が中心へと膨らんでいて、横から見ると三角形に見える。けれど表面に大きく100と刻印されていて、紛れも無い100圓コインであるだろうと、僕らは判断した。変な形をしているが、これは100圓である。らしい。そして最後の一枚はオリンピック時に販売される特別コインのようであった。選手がハンマー投げしている姿がコインの表面に刻印されている。オリンピックの文字はみられなかった。そして刻印されていた数字はといえば、1000であった。僕は急に悔しくなった。1000て書いてあることを、100圓玉を集めて来いといっていた人物に言い、おつりの900圓を出せと僕は交渉していた。そんなところで目が覚めた。午後一時。午後二時からはなんと、野田のハローワークへ行かなければならない。以前ハローワークへいって、木村さんというおじさまに丁寧な対応をしてもらった時に、そがみさんという方を紹介してもらったのだ。どうやら高機能発達障害の方を専門に相談を受け付けているらしく、それを聴いた時には少し勇気がでたものだ。普通のことが苦手で出来ない、覚えがわるい、人間としても半人前以前、、であるだろう僕は、働ける場所がない。こんなこと言うと、怒る人が出てくると思うのだが、実際そうなのだ。だからといって働かないわけではなくて、お金を稼ぐことは稼いでいる。出来ることをするという、抜け道をなんとか見つけて、そこに潜り込んだ形である。とにかく、ハローワークへ行けば、最近人と全く話してなかったし、話しができる、気分もよくなるはずだ!とまたも、上半身を起こした。う、、眠い・・・。眠いというか、さらに気分が悪い。。病院へいけなかったということが災いして、自分はダメ人間だ、、病院も行けない30近い男である、、という現実にぶつかり、抑鬱状態へ。。すっかりうごけなくなってしまう。30分そのまま経過。午後13時30分。。もう今から用意しても、ハローワークへは間に合わない。。間に合わなくても、二時〜三時まで空いてるから〜とそがみさんはおっしゃってたし、大丈夫だ、、なはず!と思いつくも、ダメだった。。次の瞬間にはハローワークへ電話して、体調不良で今日の予定をキャンセルしてください、、と謝りをいれた。。。なにをしているんだろう。まったくダメだ。自分はヘタレ決定である。昨晩寝床についたのが朝5時だとはいえ、これは酷いと思う。このように期待していた対談を逃してしまう。青い無印のカバーを施した枕へ顔を埋め、自分に嫌気がさしていることを目にも耳にも入れたくないというような感じで5秒。先ほどの断りの電話を入れたときの声の調子がかなり酷い、声が出ないことに気付き、これではすこし心配である、、と確認した僕は、初めて坂口恭平さんに電話しようと思った。別に何も話すことなどないのだけど・・・。とにかく坂口さんはなにしてるんだろうか?くらいの感じだった。周りにある彼の著書を確認して電話番号を探した。幻年時代、坂口恭平の冒険、躁鬱日記、ズームイン!服、思考都市、、たしか幻年時代には載っているはずだけど、該当箇所へと辿り着けなかった。坂口さんは自身の携帯の電話番号を歌にまでしていたので、僕はそれを口ずさみつつ、携帯の番号を押した。トゥルル・・・なり始めた。どうやら番号は繋がるみたいだ。と、、僕は本当にただの迷惑な輩である。相手は仕事たくさんあって暇の無い人で、お金稼ぎが大好きな人なんだぞ!と、僕とは真反対な彼に僕は電話をしている。それだけで嫌になる。迷惑ではないだろうか、、と内心恐怖心すら感じつつ、彼の声を待った。1コール半くらいで坂口さんは出てくれた。早い!うぅい・・。みたいな声を放ち、一瞬躊躇った。。わからなかった。何を言えば良いんだ!?僕は、坂口さんが相手口に居るのか確かめた。電話番号が間違っている可能性があるからだ!坂口恭平さんですか?

・・・・うん。沈黙・・。

坂口さんだった。僕はとりあえず、何も話したいことはないのだけど、何かしらの不安を抱えていたので、電話をしたということから、話しをきいてもらいたいと思ってかけたんですが、、と一言、放った。そして、死にたくはないんです、とも言った。

死にたくないなら、ダメだよ。笑と坂口さんは言う。命の電話を坂口さんはやっているのだ、僕は死にたくないのに電話をかけてしまった。汗 またなんか嫌悪感が湧いてくるかも、、と思ったが、意外とそんなことはなかった。坂口さんは続けて言う。

死にたくなるまで、頑張りなさい。と。どういう意味なんだろう、、?と少し考えた。僕は死にたくなったことが今まで一度もない、、筈である。だから一瞬わからなかったのかもしれない。頑張ったら死にたくなるのかな、、とも思った。たぶん、頑張ってないから、死にたくならないのかもしれない、と僕はそこを無理矢理納得させて、わかりました。と一言。坂口さんは、じゃあね。とすばやく電話を切った。まるで、野生の優しいハイエナに遭遇したかのような空間だった。坂口さんは妙に落ちついていて、Twitterで見ているテンションとはよほど違うように思えた。それがとても不思議だった。こんなに落ちついた声を出す人なんだ、とも思った。反対も逆にあるのは解っているわけであるが。本当に彼はTwitterで、小説を書いているのかもしれない可能性がある。全ては疑わなければならない、彼は見たもの以外信じるな、と良く言うが、確かにそれは言えているのかもしれないな、とふと思える瞬間であった。

さきほどまで僕は、死にたいと思ったことが無いと思っていたが、思い出すことがある。実はリストカットするまで追いつめられたことだってあるし、何日もご飯を食べずに餓死しようとしたこともある。あれって死にたいって気持ちと同じことなんじゃ、、とふと思った。僕は死にたいと思い、行動したことはない。つまり、確実に死ねるような行為をしたことが無い。セーフティーネットを自分で張った上での、助かると解っている自殺行為しかしない。だから、助かって当たり前だし、死ぬ気がない、ともいえる。しかし、確実においこまれてたし、あのままさらに自身に追い込みをかけていたら、死へと逢いに行っていたであろう。あいにく僕にはその度胸がないので、追い込まれてると感じた時点で、逃げる。逃げることで自殺行為へと走ること無く生きることが出来ている。これも奇跡的なことなのかもしれない。もしかするとね。。

僕はこのさき自殺行為へ走るようなことがあるのだろうか。。わからない。でも、死にたいと思うことはいくらだってあるだろうし、うれしくたのしいことも、起こすつもりである。僕は人としてうまく生きられている方では絶対ないと思うが、能天気な脳みそのおかげでだいぶ命を救われているところがあるのかもしれない。あそこでにげてなかったら、ガマンして嫌々つづけていたら、、と思うとおそろしい。一日の終わりに一箱500g入ったビスケット二箱かって、貪り食って寝る毎日をすごしたあの頃を考えたら、その先はもっと酷いことになったろう。嫌々やるものではない。。義務とか、ノルマとか、叱責とか、誰からも喜ばれないとか、嫌々やってるとおもったら、即やめる。僕は鬱病になりかけていたと思うし、朝はかならず身体が起き上がらなかった。その経験があって、即やめる思考が身に付いた。少しでも無理しているとおもったら、これからはやめていこうとおもう。今の生活だって、少し無理しているんだけどね。でもこれは自分で進んでやっていることだから、とても愉快な方だと思います。

 

朝型はどうなるかと思った二月二十五日であった。漫画も書いた。絵も書いた。花も作ってみた。特に何もない一日だったかもしれない。勿体ない過ごし方をしたかもしれない。もっと夢みたいな一日が過ごせることがあれば、、、。どうしたら良いのかは自分で考えること。と夢はささやいた。夢食いのバクでもある僕は、その夢のささやきを食べようと思う。自分で考えようと思う。これからどうなるのか。自らの身を動かすことで人々との交易を実現できる日を。仕事とはおそらく、とても楽しいものだと思うのだ。そう、ホリエモンも言っている。

 

僕は依然仕事をしらない。敢えて言うなら、少しだけ仕事を感じた瞬間は、ただ、展示をしたその瞬間だけだったと思う。

たぶん。

 

 

たぶん。。。

 

 

 

たぶん。。。。。

 

 

 

。。。。。。。。。。。