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僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

日記

2015.2.21

起床午後3時頃。現在朝4時。さっきまでTwitterで岡山旅行代理店の見習いとして、広告をばらまきつつ、漫画を描いていた。私は忙しい。繁忙期である。はんぼうきをはんもうきと表記するくらいには私の頭は疲れているのかもしれない。4度目の入力で、読みを間違えていることに気付き、打ち直す5度目。ようやくその入力に答えてくれるスペースキー。変換できて、ホッとした現在。スリッパ帽子を被った素足が冷える現在朝4時。

 

RIPSLYME 黄昏サウンド、ヨシカワタイキさんの演奏を8度ほどリピートして聴いている。このまま夜が明けるまでという歌詞にならって、夜が明けるまで僕はこの記事を、ただの日記を執筆するだろう。非常に大変な作業であるが、これによって自分を調律していく。僕は時計のゼンマイに似ている。巻き方が問題なのではない、巻いてくれる手が優しい女性の手であれば、僕はそれでもう、イキそうになってしまうくらいの限界すれすれ意識失くなる手前で、ぐたっと眠ってしまうのだ。だいじょうぶ、息はしている。死んではいない。僕は悪運がつよく、死なない。そう簡単にしなないらしい。一度は自転車通学ちゅうに、バイクにひかれ、10mほど吹っ飛んだ。高校二年生の春の頃だ。通学ちゅう、といっても学校の校門まで20mの距離、校門手前である。他の通学ちゅうの生徒に半見され、無視され、僕は一瞬そのとき何がおこったのかよほど確認した10秒間。うしろからかけつけてきたのは、若い女性であった。大丈夫?と慌てた様子のその女は一言僕に声をかけてくれた。とくになんともなかったので、大丈夫です、とだけ僕は答えた。すると、女性はそそくさとその場をはなれ、急いでバイクにまたぎ、エンジンをかけた。ブーーーーーーン・・・・そのまま女は消えた。僕は一人遠くにある自転車をひろった。なにがおこったのだ???わからぬまま、とりあえず、自転車にまたぎ、近くの校門をくぐった。その校門は家の近所のコンビ二よりずいぶん近かった。そのまま、教室へいき、クラスメイトに挨拶し、僕はトイレへ走った。事故を思い出した僕は、傷を確認した。擦り傷2つだけだった。なんともないことの軌跡の証明、それに奇跡の証明。陸橋の下り坂、自転車のエンジンが一番走り輝く瞬間。スピードはぐんぐんあがり、ブレーキをかけない私は、その坂を滑り落ちる。そして、いつものように後ろからへの音という信号をききとり、判断し、反対車線へとわたる。学生のアホな運転を見逃す、アホな周りの学生。その無謀な運転を許された無法地帯空間での出来事。一瞬で視界が無くなるほどの強烈な一撃。僕は空を何度も仰ぎ見た、その間約3秒。体感時間で0、1秒。そのくらいなにも覚えがないままの記憶抹殺的出来事。どんな大麻、麻薬よりも刺激的な大物。火星に一人降り立つ高校生は、命知らずであった。命が一つ、マリオマークの数字が1減ったのだ、あの瞬間。僕のマリオマークはあといくつなのだろうか。ほんと、怖い。二度目の自殺、それは鳥取、日本海でのことであった。夏、僕たち家族と、タケちゃんという近所で同い年の友達家族と鳥取の日本海へ遊びにいった。タケちゃん家族とはよく山や海へあそびにいくような仲であった。僕とタケちゃんは小学校二年生の頃、兄弟のように仲がよく、いつも一緒だった。家も近かったので、ずーっと一緒だった。僕が遊びにいきまくっていた。彼は僕にとってめちゃくちゃ愛嬌があり、親しみやすい人なのだ。僕はすぐにべったりするので、たぶんタケちゃんも暑苦しかったであろう。そんなことはぼくはお構いなしなので、どんどん失礼していく。そんで、中学生になり、タケちゃんは中学受験をし、見事いきたい中学校へ受かった。僕とタケちゃんは違う中学校へいくことになり、そこから少し疎遠になり始めた。しかし僕はタケちゃんに電話し、懲りずに遊びにいったりしていた。しかし、ともするとしばらくして、タケちゃんは僕にいう。亮太(僕の名前)は中学で友達おらんのん?・・・的確な質問だったな、、と今なら思う。僕は別に中学へ行けばそれなりに上手く過ごすのだが、遊びにいくような友達はさして居なかった。タケちゃんとずっと遊べばいいとおもっていたし、、。そうしていたかった。しかし、年頃のタケちゃんはどうやらそうではなかったみたいだ。もっと世の中のいろんなことをしりたかったのかもしれない。彼は好奇心が旺盛であるし、なにより、賢い。僕とはちがっていた。そんな彼に僕は嫉妬していたのかもしれないし。憧れていたのかもしれない。TVゲームだってタケちゃんは父親ゆずりのゲーマーであり、格闘ゲームはとても上手かったし、僕はそれに勝ちたい一心で、クロノトリガーもぼくより何年も前に早くクリアしているような感じだったし、僕がドラゴンボール天下一武道会とか言ってる間には、彼はヴァルキリープロファイルとかやっちゃってるし。どこか既に一歩先を歩いている彼を僕は注目せずにはいられなかった。僕はだから彼のしらない、ドラゴンボールZ3というスーパーファミコンのカセットでの裏技を練習しまくって、それを見せたりしていたかもしれない。もしくは僕は弟と、よく田んぼで遊んでいたので、ゲームとは違う趣味を開拓しようとしていたかもしれない。とにかくタケちゃんは僕のライバルでもあった。いや、格が違うのはわかっているつもりだが、そうありたかった。負けていたくはなかったのだ。そんな昔話がある。とにかく、そんなタケちゃんの家族とうちとで、海水浴へいった。タケちゃんと泳いだ記憶が今思い起こそうとしているのだが、まったくない。むしろ、タケちゃんは違う場所で一人で、一人の興味に興じていたのではないか。たとえば浜辺で屋台のフランクフルトたべたり、かき氷たべたり。僕は遊びたい盛りだったので、日本海特有の高い波へと急ぎ足で向かっていった。弟と、アキちゃんというタケちゃんの弟と一緒に。アキちゃんはなぜか僕らの間で江戸っ子とよんでいて、とにかく人の目があるところでは、気取って無茶をする傾向があるのだ。つまり火事場の馬鹿力を発揮するようなところがある。それを気前がいいと判断した僕らは、彼の別称を江戸っ子と称していた。江戸っ子のアキちゃんはもちろんその高波にむかって体当たりするように突っ込んでいく。僕も体当たりしてみたくて、してみたりした。弟はアキちゃんと一緒になって体当たりしている。浮き輪をもった弟グループは沖の方までいってくるといって、消えてった。僕は足の付かない浅瀬で浮かんで遊んでいた。浮かぶのが楽しかった。現実という地に足をつけていた毎日が噓のように感じられるのが大好きだった。今も大好きである。そうしていると、アキちゃんと弟がきて、お前も一緒にいくか、と誘ってきたので、いくかー!となって、沖へでた。まるで漁師みたいな気分で僕らは浮き輪というモーターボートへ命を預け、ずいぶん高い波に向かって、地面のない空を足で蹴ってった。波が立たないところまできた。まるで噓のように静かだった。さきほどまでの、ザップゥーーーン!!という轟音はどうしたのだろうか?まるで波がたたない、この場所が本当の海であるということが何となく僕には信じられる情報の一部として脳の片隅にインプットされた。ようやくここまできたか、、と海という自然の大ボスステージは、僕たちにむかって忠告しているようだ。浅瀬でワフワフしてた雑魚をたおしていい気になっていた僕らは、まるで海という大ボスの腹の上で転がされているような感じを覚えたのではないだろうか。そんな気がする。

僕は一刻も早く帰りたくなった。そして、浮き輪が小さすぎた。3人を支えるにしては小さいタダの丸い浮き輪。これが沈んだりしたら、おれら死ぬ!と僕は判断し、死ぬならおれだ!と瞬時に思った。この二人に死なれたら、というか死んで欲しくなかったので、僕は死と対決しようとした。もちろん死ぬ気なんてさらさらないけどね。いまと同じだ。死ぬ気などさらさらない。いくぞ!海!!みたいな感じで、アキちゃんと、弟に別れをつげ、一人でクロール泳ぎで浜辺へ直進していった。僕自身よくわかっているのだが、バタ足が上手くないので、進みが遅い。ある程度泳いで、どのくらいかは進んだろう、、と目の前を確認した。すると、おかしい。。おかしすぎた。目の前の光景が信じられなかった。僕はまったく進んでいなかった。進む前に確認した浜辺の感じと、しばらく泳いだ後の浜辺の感じがまったく同じだった。浜辺で数人日焼けして寝そべっている人を肩から首まで海に浸かった状態でチラ見しながら、くっそーー!とおもった。僕はここで死ぬらしい。どうやら。。と死を少しだけ覚悟したのを未だに覚えている。しかしピンチになっても全く諦めない時代の僕であったため、そんなの頭をかすめても、希望は潰えなかった。むしろ、助けを呼ぶことに集中した。自分のチカラでやると死ぬ!と瞬時に理解したからだ。大ボスすぎた。レベルがたりなかった。HPたりません!みたいな感じで人生のコントローラーを汗だくだくで握りながら,僕は"助けを呼ぶ!"をとにかく素早く選択した。回復している場合ぢゃない!笑 プリクラ撮っても遺影写真にしかならないのだ。

 

すいませぇーーーーん!!叫んだ。まだ体力はあった。30%くらい残ってたと思う。50%は本気で泳いだから。キツかった。すると、娘と遊んでたらしいお父さんがこっちにきてくれて、僕をかついで、泳ぎ出した。誰かは未だにわからない。とにかくその娘と遊んでたお父さんにたすけられた。そのお父さんは何もいわず去っていった。大丈夫?とも声をかけてはくれなかった。もしかして、あのお父さんは人ではなかったのではないか。。普通声くらいはかけるはずなのだが、、。僕はその時、中学1年生の頃だった。

こうして宇宙人お父さんに助けられた僕は一命をとりとめた。今度こそ死ぬと思った。こんなに死が間近に迫ることは未だにあの時以来経験していない。死を覚悟する瞬間、僕は死んだ後の自分のイメージを呑気に想像していた。創造していた。あれは見事に未来と現在をつなぐ創造であった。怖い作り物を呑気にしていた。死ぬ間際って多分そういうものなのかもしれない。

 

現在朝5時。時計のゼンマイは音をたてながら1秒という時間をただ、意味もわからず刻んでいるところだろう。僕のゼンマイはこの記事を打ち込むタイピングによって調律されかけている途中である。さて、2月21日、今日は・・・・何があったかな。

 

話し終えたあと、自分が何を語っていたのか忘れたように思う。

 

今日は、今日とて、いろんなことがあった。

 

ただ、それを語るには少し時が過ぎるのが早すぎるんじゃないか、と僕は思った。