趣味の世界

興味のある事

3.5次元。

2015.2.19 起床11時30分。遅めの起床。枕元、手許に何冊か放っている本を見る。坂口恭平:ズームイン!服、ジョージ・ガモフ:1,2,3…無限大、松浦弥太郎松浦弥太郎の仕事術の三冊。その中から、ジョージ・ガモフの1,2,3…無限大を選び手にとる。4次元の話しが出てくる。ある青年がお爺さんの遺書を元に、お宝を探す。「ある無人島に絞首台と松の木とカシの木がある。まず、絞首台のそばへいき、松の木へ歩数を数えながらススメ。そして松の木についたら、そこから右へ90度方向を変え、絞首台から松の木までの歩数分だけまっすぐススメ。そこに印をつけておき、再び絞首台へ。そして絞首台からカシの木へ、同じく歩数を数えてススメ。カシの木についたら、次は左へ90度方向転換し、絞首台からカシの木までの歩数分まっすぐススメ。そこにまた同じように印をつける。その印と印を結んだ線の丁度真ん中を掘れ。そうすればお宝は見つかる。」というような内容の遺書である。青年はその無人島へ着陸し、お宝を探そうと絞首台を探す。しかし、遺書が書かれた日から相当な年月、月日が経過していたのか、絞首台は跡形も無くなって、土へと還っていた。もちろん、絞首台が置いてあった痕跡が地面に残っているわけも無く・・・。青年は絶望し、カシの木と松の木だけが残るその無人島を後にした。この後で、実は絞首台がなくてもお宝を発見できる数式、数学の知識によって成功する判例が述べられる。それは−1の虚数根、√-1を使うことでのお宝の発見、、もう一つの次元で起きる出来事として処理される。つまり、通常であれば必ず絞首台を必要としなければ見つけられなかったお宝を、√-1という概念によって完成される座標、イメージから4次元空間へと自らを、そして無人島の大地を誘い、お宝の発掘を実現する。空間の揺らぎ、隙間から概念の揺らぎ、隙間、そして偶然と直感と圧倒的必然から編み出された√-1の神秘が次元をこじ開けたのだろう。まさにこの√-1という数字は3,5次元として、可能性の橋渡し的な役割を担っている。これを芸術と呼びたい。

 

昼、父さんの会社が作った弁当を食べる。たいてい持って帰ってくれている。これがすごくありがたい。父さんの家系は5人兄弟と人数が多く、飯は早い者勝ちで、子供の頃いつも空腹だったらしい。そんな理由から、食うのだけは困らせたくない、困りたくないという理由から弁当屋を始めた、とそんなことを言っていたのを覚えている。お世話になっています。食うのだけには確かに困りたくない。実際、空腹がもたらす生理的苦痛は半端ないのだ。まず胃液の大量分泌で胃が壊れる。人間というのは本当にすぐガタのくる生き物なので、信用ならない。おれはいつも元気だぜ、と言ってる人は錯覚もいいところ(錯覚さんに失礼)、、それは無意識がもたらした、ただの無視から生じた残念な結果だろう。と僕なら思う。なので、飯は本当に困っている人がいたら、できるだけ助けてあげて欲しい。寝床は自分で作ってくれって言える季節であれば、言えば良いと思う。しかし、飯だけは・・・。ご飯を食べられるお金を稼げていることは大変幸せなことだと思うよ。本当に。そんな妄想を働かせ、Twitterを片手間に動かしつつ、飯を食べた。ごちそうさま。

 

今日は外へ出ようと思っていた。落ちつかなかった。家にいてもダメなんだ、、と展示をしてからすごく強く鈍い痛みみたいなのが頭の中にある。それは紛れも無い、現実だった。と、いっても家にいて安心している人たちも居ると思う。僕はそれでも良いと思う。一番安心出来る場所へ、方向へ動くのが一番だと思う。僕は今は家の中ではないという感じなのだ。もっと人と出会いたいし、まったく仕事とか金とか彼氏とか彼女とか関係のない話しがしたい。というか、そんなのどうだっていい。そんなことを話すのであれば、地球で生きなくても良いのではないか?地球で生きるということは、同時にもっといろんなことを語り合える言語を自然と感じ受け取っているはずなのだ。そういう話しがしたい。しかし僕はまだそういう話しの切り口が見いだせていない。ハローワークの相談員にそういう話しはもちろん出来ない。これは決まりだ。そう、現実というレイヤーでは現実という法理によって、だれもが現実警備員として動いていますので、そういった(現実では)馬鹿げた口火はすぐにフッとかきけされてしまうのだ。しかたあるまい。いま、妹が顔全面にパックをして歩いてきた。お化けかと思った。そういうこともある。

 

ハローワークでは、カードの有効期限をきらしていたので、新しくカードをつくってもらった。どうやら1年間も訪れていなかったらしい。どうも僕はハローワークが好きじゃないのだ・・。友達はハローワーク大好きなので、よく利用していたみたいだが、、。就職を決めようと思えば決まるから、嫌だ。僕の理由はこんなところにあるのかもしれない。本気になれば、就職は決まるだろう。それはなんとなくわかる。というのも、自分の出来ないことなどを徹底して無視しなければならないが。。見ないようにするのは難しい。自分ができないことを、見ないのは僕にとって難しい。それは不自然だ。僕にとっては欠けている部分は欠けている部分として認識したい気持ちが強い。だから、出来ないことは出来ないこととして受け入れることは案外容易い。そこらへんの物わかりはすばやい。だから、仕事ができないのかもしれないが。仕事とは僕にとっていつでも不憫だ。それに、ハローワークでカウンセラーにかかった時、いわれた。努力すれば、まずは1年!続ければ出来るようになるよ!と。いや、僕は3ヶ月で辞めさせられているのです。5度も。。続けたいのは山々ですが、精神が持ちません。次が怖いです。

 

そんなわけで絵でも書いている方がよっぽど気楽なのだ。別に仕事ができないからといって凹まなければならないといった法律はない。だから僕は凹まない。なぜか。出来ることがあるからだと思う。絵なら勝手に書けるし、音楽なら勝手に自分が気に入ったものを探し出せる。youtubeもあるしね。本だって図書館へ行けば読める。知らなことを知れた時の喜びがわかる。日記が自由にかける。自由に行動出来るからね。僕はそれがなんの不自由であるかがわからなかった。だから、働くことよりもずっと価値があるのではないかと思っているし、今も大体こっちの方がなんか良いなと思えているものだ。

ただ、このままでは息苦しさを感じている。お金はどんどんなくなってゆく。生きていくためにお金という概念は人を縛る。これは子供の頃からそうであった。ここから逃れる方法は実は圧倒的に少ない。特に現実というレイヤーにおいては。僕は絵を描こうと思うが、やっぱりそうやって作ってきたものを、少しでも社会にバラまき、売ってゆかねばならないことなどを感じる。この前の展示で購入してくれた人、購入を迷ってくれた人が確実にいた。ということは、可能性は0ではないのだ。0ゼロであった可能性は0ゼロではなくなったということが、この度の勝手な実験によって証明されたわけである。時給とか言ってる人は黙っておいて欲しい。そういうくだらん金の計算はこりごりであるし、時給という言葉を使うのならば、もっとハッピーな表現方法でいこうよ。"1時間で5枚の絵が売れた!10万円稼いだ!やった!時給10万円!!!"とかね。時給なんて言葉は早く死んで欲しい。その言葉がでてくると、どうしても真顔になっちゃうから。嫌♡

 

結局ハローワークで、おっきなパソコンの画面と向き合いながら、探し当てた仕事は会場の撤去と準備という単発の仕事だけであった。最初に目につけていた、南ふれあいセンターの掃除員8:00~12:30までの仕事で時給750円はトイレ掃除があるので、女性しか出来ませんと断られ、ダメであった。せっかく僕は今日ヘンリー・ダーカー(ダージャー)と人格を重ね合わせ、生きている!と錯覚したところだったのに・・・。ヘンリー・ダーカーは病院の清掃員を永いことしていたみたいです。周りの女性職員に陰口を叩かれつつ、、。これは僕の妄想かもしれないですが。。。意外と親しみをもたれていたのではないかと、死後のドキュメンタリー映画をみていて、思った。実際はどうだったのだろうか。

 

そんな感じで、単発の仕事の紹介状だけとって、何しているんだろう?という面持ちで薄青色の空を眺めた。まだ夕方4時くらいだな、、と思った。その後、ハローワークの敷地外、出入り口で何か勧誘してる人に捕まった。僕の隙のありすぎる面持ちが完全に振る舞いとして表出していたに違いない。こんないともあっさりつかまるもんではないのに、、ここまであっさりしているとは・・・。ただ、僕も少しだけ興味を抱いていた。こんな寒空の下ずっと何時間も立ってボードとボールペンをもって、足踏みしているのだから。で、話しをきいてみると、派遣業の勧誘だった。でた、派遣。この世は仕事の情報で埋め尽くされているんですか?この世の中に問いたい。仕事の情報ってハッピーになれますか?そんなに大事なのかな・・・。素敵なカフェテリアでも紹介して欲しかった。独自の志向でね。おねがいします。

 

独自のものの見方を披露すると、おかしい、狂っていると思われてしまう、この世の中、どうなっているのだろうか。いや、仕事の話しとか、いいんですよ、どうでも。そういう意見ではなくてですね、今日は何色の空気がみえますね、とかそういう、変態じみた、、、あ、そうですか、、すいませんでした。。書類?あ、二枚?ええ、かしこまりました。二枚、印刷ですね。あ、インクも黒がないから、補充ですね、、。はい!かしこまりましたっ!!

こんな感じで今日も時間は刻々と過ぎていく。僕が昨日見た、ただの扉の羅列が噓ではありませんように!絵に描いて、そのイメージが何だったのかを早急に考えたい。今はちょっと集中させてほしい。集中する時間が必要なんだ。明日は少し仕事が入っている。調子を取り戻すための、ネジを少しだけ調律するためのメンテナンス作業が僕にとっての労働であるのだ。ずっとそれは変わらない。

 

散文詩

 

縦横無尽に広がるのはただの空間。それに吸い込まれるように、もしくはただ雑然と崩れて整列する四角い穴。扉。3,5次元。

 

未来と現在を繋ぐ扉。概念、はしくれのいっぱいの匙。輝く液体。書き記されたチラ裏。

 

磁場に吸い寄せられた特別な砂。生命の砂金。ただ、そいつはただ、正気をたずねてやってくる。

今日香るは青りんご。青を緑とよんだあの頃、信号機。タダの錯覚ではない、あれは緑色にみえました。

青信号、青信号、青・・・。

 

3,5次元。みえない、存在しないものをつなぐ概念。

 

みえやしない、みえやしない。

 

引っ越しの準備ばかりの毎週金曜日。

みえやしない。