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僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

まだ咲く気配はなく。

2015.2.18 起床8時30分頃。携帯を手に取り、メールの返信をする。発達障害当事者の会でメール交換をしたゲーム、アニメ好きの方からしばしばメールが飛んでくる。どうやら彼は、東京での就職を狙っているようで、近々また東京へ遊びにいくようだ。絵も描き始めてみてるらしい。モンスターハンターの武器を自ら創作し、イメージを描くのが楽しいとの内容。いいですね、もっとやりましょう、との返事をした。

 

このように人には何かをスキャンし、其れだけでは飽き足らず、自らのセンサーによって存在しなかったものを作り出す機能が備わっている。少女病棟展の搬出から岡山へ帰還するまでの間、僕は大阪の大学の同級生(歳は違う)と会った。彼は小説家を目指していたが、もう文字を書くのも嫌らしく、今は絵を描いているという。彼の文章を僕は何度か読んだが、確かに才能があった。しかしもう少し音楽的に流れるような緩やかなリズムと、弾力を持った言葉の使い方が必要なのではないかとも思った。正直な意見だ。ただ、とてもいい雰囲気を物語るチカラだけはあって、もしかしたら、この人は文章を書いて暮らせていけたかもしれないのに、、と僕は文章を書いてもがいていた頃の彼に、僕の気持ちをぶちまけたかった。しかし、今では彼は筆を取ることの無い、代わりに鉛筆を手に取り、メディアがキン肉マン超人創作家を募集していたころへと一人タイムスリップし、今、彼は自分好みの超人を描いていると話してくれた。人差し指の長さくらいの絵を描くのに二日かかった、絵はしんどいですねぇ〜と漏らした彼は、完全に路頭にまよったタダの男に見え不安に思った。金にならなくていい、ただ、あの文章を書く頃の彼の方が僕のタイプなので、戻って欲しいというのが僕のタダの石ころのような願望である。なんなら、おれが買い取る。金が無いが、金を作って、おれが買い取るので、できれば今の地点を通して迂回して欲しい。彼は三国志キン肉マンが子供の頃から好きだったと話してくれた。それを僕は忘れていない。まりおというペンネームで活動する彼は、その可愛らしい名前に似つかわしくないほどの、巨体というか、怖い面持ちである。しかし内面は溶け出したアイスクリームのように滑らかで、日光の光を反射しキラキラしているような感じであるのだ。まりおさんは、現時点では、おそらく昔の思い出をなぞっているのだ。あの頃にキン肉マン超人のオリジナルイラスト描いて送れていたらなぁ〜・・と、大阪、中崎町の"うてな喫茶"で漏らした一言は僕の身体の中で反響し、幾重にもなったその反響音は全て臓物というファンタジー雑巾の縫い目と綻びの中へと浸透していった。良くわかった。彼がその気持ちを抱くことが。この古民家をカフェにした落ちついた空間、大羽左膳さんゆずりの僕の新たな感覚を磨いてもらい発見できた室内で、まりおさんは少しすっぱい酸味を含んでいると店主に案内されたコーヒーを一口飲んだ。きっとそのコーヒーの酸味が新たに増える傷口に沁みた痛みを僕はなんとか共有したいと思った。

 

ドラマチックに生きていたい。僕はどんな仕事を、どんな場所で、どんな暮らしを、、していようが、ドラマチックに生きていたい。これを人は病気であるとか、勘違いであるとか、くだらないとさえ思うかもしれない。困難にばかり直面するこの現代で、そのような言語、語りが存在するわけもなく、、と諦めるかもしれない。それはひょんなことから表出する。仕事が辛いと思ったり、給料が少ないと思ったり、今日の弁当はからあげ弁当ご飯大盛り420円だったり、少しだけ値引かれた菓子パンがずらりとならんでいたり。駅の臭いトイレに寄って、立ち小便をした時に消した全ての感覚受容体のことだったり。どこからがドラマチックな光景なのかわからなかったり。

 

どこからが・・・?

 

ドラマチックを見る瞬間が、24時間であれば素晴らしいと思えるかもしれない。特にもの好きな人には。しかし、それでは確実に自らを死に追いやるようなことでもある。というのも、ドラマチックを確認するためには、現実のそのような苦しく辛い側面を皮肉にも目視、感じていなければ、大抵の疑問にすらも気付けない、自分の感覚を試すことができず、そのままフワフワの状態で過ごすことになってしまうからだ、と僕は疑う。僕のドラマチックとは単純に、過去に舞い戻り、自己を確認する作業だったり、人間としての感覚を発掘し、それが何なのか、いろんなところに付随している見えない虹色のフナムシを捕まえるような感覚で新たな自分の言語を発見することである。人間として共通するあの既視感のような感覚、幻のような、よりリアルで、狂っていて、その上渦巻いているようで、たしかに感じているという太古から続く不思議なリズム。それが絵になり、マンガとして一部組み込まれ、言葉という感覚とリズムの表現媒体として生まれ変わる。そのような直感を僕は今日、朝起きて既に感じていた。ベッドから下りると、肌に突き刺さる冷気に"今日もよろしく"の挨拶し、着ていく服を選択するところから始まる。これが一日の始まりである。今日はおじいちゃんのお古の赤と黒のチェックのシャツをさがしていたのだが、どうやら捨ててしまったらしいのか、探した所見当たらなかった。心底沈んだ。朝からあの服が着たいという期待が裏切られた瞬間である。これで、残りのじいちゃんの遺書は、あの茶色いジャンパーだけになったということである。生地がしっかりしていて、少々のことでは色がほつれたりしない服。そのようなシャツやジャンパーを着るじいちゃんの服の趣向、嗜好、思考、志向は幾重もの試行によって、生まれた生きる道筋のように思える。これが遺書でなくして、何が遺書だというのだろうか。僕は愚かなことに、一つの遺書を捨ててしまったことになる。申し訳ない。今日は久々に、遺書を身につけたかった。そんな日だった。

 

病院へ。僕が通っている病院は岡山精神医療センターといってとても大きな専門病院である。 大きすぎて、建物のあちこちを廻るなんてことしてられないくらいだ。僕はいつもの駐輪場へ青いダサいチャリンコをとめ、いつもの階段を上り、いつもの部屋に入るだけだ。ただ、それだけが僕の病院敷地内での移動である。たまに売店へ入り、お茶や、カロリーメイト(チョコレート味)を買う。カロリーメイトのチョコレート味を病院で食べると家や外でたべるそれとは違い、半端なく美味であることがわかり、結構毎回買うようになっている。この病院の空間は非常に気になるところである。これもいつものように、たんなる錯覚なのであろうか? 僕にはよくわからないが、保育園のピクニックで草原のある公園へバスで出かけ、そこで風呂敷ひいて、たべる塩おにぎりの味と、園内という外の風と、木の葉がもたらす香ばしい外の香りが入らない室内で食べるそれの味では全く違うのではないかという、僕なりの疑問は僕なりの正気という意識によって、大切な違いとして認識しているのだが。。

 

今日、病院で新しいプログラムをすすめている途中、ぐわんぐわんと今朝の新たな都市?空間?巣?わからないのだが、ドアがブワァアアアアアア!!と広がったイメージが脳内空間を埋め尽くした。瞬時に。僕はそれから絵を描き始めていた。青色さんの絵の表現方法、描き方を彷彿とさせる感じで、すこし不思議でもある。おそらく僕の予想なのだが、青色さんは毎日絵を描いているのではないか、、それは紙の上だけでなく、頭の中でも常に。。みたいな僕の勘違いも甚だしいことかもしれないが、その錯覚、思い込みが抜けない。なぜそう思ったのか、ただ、それは出会えばわかる、話せばわかる、という感じではなく、青色さんの振る舞いをみていて感じたことであった。なんの予感もなく感じることではないので、おそらく半分以上は当たっていると思う。僕の勘はいくら思い込みであろうとなかろうと、僕の中では絶対なので、外れることが無い。失礼かもしれないが、無敵なのだ。

その青色感覚に共鳴しながら、僕も絵を描いていた。不思議な絵が出来た。これは良い、、と思った。いつものナルシズムが自らの内側でわき上がっている感覚である。抑鬱が発生すると途端に自信がなくなり、ナルシズムをずたずたにひきちぎりたくなるのだが、幸い今、調子がいい。そのナルシズムの波に素直に乗ってやろうと思った。色の決まらないサーフボードもピカピカと光っている。ただ、言葉にならない言葉がズズズズズ・・・と、ところてんのあの麺みたいに湧いてきてやまないだけだ。言葉にならない言葉は絵に描いてしるしておくか、少しヒントとなる言葉の欠片を拾いつつ、イメージとして具現化されている残像を頼りに、書を開くしかあるまい。

 

僕は図書館へむかった。これもいつものように向かった。ただ、今回は言葉にならない言葉をたずさえているところがいつもとは違い、特別なことなのである。今日は収穫できる日であることを悟った。そして、少しお金を使うことになることもさとった。そこで、今日僕は1000円分のコピーをすることになる。言葉にならない言葉は音となり、韻を踏み、ただのナルシズムの言語として解釈されがちであるが、大変重要なヒントとして語り継がれてゆく。それを指し示すであろう表現は写真だったり、室内、外などの単なる空間であったり、時代であったり、国であったり、人間の太古の感覚であったり、共通して行われてきた連続性、まるでラップのような立て続けに紡がれる言語の増幅であるかのようにも思える。

僕はとりあえず、絵を見た。それは写真である。ピンときた具体的な画像はあったが、それは無視して、ただの自分のことだけを考え、自分の志向と趣向を大事にし、それらの感覚センサーを元に写真集を手に取ってゆく。刷り込まれたイメージから得るスキャンしようのないその人物の生活が、まじまじと見つめることのできる、手に触ることの出来る距離まで映し出した写真に出会うことがある。今日も例外がなく、そういった写真にであった。それはコピーせず、本棚にもどしておいた。それはまがいもなく、写真家個人の大事な思い出であった。思い出のぐつぐつした発進力を、瞬間密接的に感じとってしまった僕は、もう既に泣きそうになっていた。ちなみに、これは噓ではない。全くの本当のことであるし、本気なので、馬鹿にしてはならない。

 

 人はそれらをみて、色んなことを思うだろう。なぜこの人はこんなブサイクと結婚したんだろう、とか酷いことも思うかもしれない。最近感じるのは、異性の見方には二パターンあるということ。一つは外見、一つは振る舞い。振る舞いが素敵な女性は外れがない。僕はそう思う。そう信じて生きていくことにした。だから、わかるのだ、この写真家がこの人と結婚し、その人の写真を撮っている理由も。僕は少し成長できたんだろうか。気付けなかった視点をもつことは、そのまま趣味を増やすことにも繋がっている。僕は写真とかどうでも良いと思っていたが、それはとても寂しいことだったのだということにも気付けた。寂しくなると、大体のものは何でも良くなってしまう。

 

写真集数点と"インドの美術"というぶっとい、デカい本や、ルーヴル美術館の全集Ⅶを持ち、席に着いた。それからものすごい集中力で、昼間描いた自分の新たな知覚に対してのヒントを探し始めた。それは、インドの建物、2500年前に建てられた石を積み重ねて建てられた建築物にあるような気がしていた。そして、地面をただ堀、色んな模様を象ってある派手な地下宮殿にもとてつもない共感を覚えた。僕の嗅覚がまちがっていなければ、これらの建築物の歴史には人間が根源的に追い求めてきた、嗅覚の歴史が刻まれているに違いない。それはピカソが絵を描く時に、何か言葉にならないものを表現しようと試みた"方法"や"手段"を描くという描き方を彷彿とさせる。抽象とは実は言葉にならないから描ける手段と方法で構成された概念であることがわかる。

 

程の良い頃合いを見て、集中を一旦とぎらせ僕はそれらの本を印刷する予定のページを控え、様々なタダの疑問を紙に記していった。印刷がおわり、僕は本を返し、図書館を後にした。たまに思うのだが、、僕は図書館に住みたい。