趣味の世界

興味のある事

ちっさい世界のチッサイ住人。

幸せになりたいので、幸せになりたいので、100円均一の100円均一の、死にそうな苦しそうな、死にそうな苦しそうな、観葉植物を救ってあげようと、救ってあげようと、思いました。

 

後日、乞うご期待。

 

2015 2/9 起床朝4時。服を買ったついでに貰った黒い大きなバッグに色々とぶち込む。丁寧に。絵とか、本とか、大事なもの。とても、大事なものを。パンツとかシャツとかなに入れたかもよくわからなくて、よくわからないなりに結構詰め込んだので、いちいち確認はしたが、もう気にせず前の晩は寝たのだった。

朝、起きて茶をしばく。お茶も片手間に、早々に着替えてしまう。さすがに早朝は寒い。とんでもなく。寒すぎるのでついエアコンの電源に触れようとした途端、それを諦める。そんなことを3、4往復しながらバスの時間を待つ。いやパソコンを開き、Twitterを眺めていた。よくある発表会の前の緊張や、運動会のリレーで自分が走る順番がどんどん迫ってくるようなあの膨張感を感じながら僕はTwitterを睨みつけていた。もともと、関西で開かれる展示ってどうなん?って思っていた。東京だと人は来るかもしれないが、関西ではシロウトの展示、美術がなんとなく物珍しいものではないのかと感じていたからだ。東京だと人が来るものだと思っているのは完全に偏見である。やっぱりTwitterの情報に左右されていることが大きいのかもしれない。メンヘラ展は人がすごかったと聞くし、東京はすごいなーってなんとなく思っていたのかもしれない。(そもそも、メンヘラ展しか見えていない視野の狭さは相当な問題ものだろう・・・。)そうだ、関西はそんなに人がこないのだから、安心だ!質のわるい展示をしたって僕は救われる筈だ。だから、気にするな。というのが僕が最終的に出した自分への回答であった。そんなことをかんがえつつ、渋い苦いばあちゃん仕込みの緑茶をのんでいると、時間が来たようだ。僕はバス停へと向かった。玄関口にたち、鏡を覗き込むと自分の輪郭が黒く映る。まだ日が昇らない時間だからそんな感じ。マッシュルームヘアー。寝癖がひどいとおもいつつも玄関口を後にする。

黒いバッグは相当重い。なんじゃこりゃ。10kgを軽く超えようとしているこのカバンは何者なのだろうか。いや、それを片手で持たなければならないおれは逆に何者なのだろうか。マッシュルームヘアーをした人型の影であることには間違いない。今朝みた。そうだ、今日はオイルを髪にぬらなかったから、こんな髪型なんだったぁ〜!みたいな発見もなく、僕はバス停についた。それどころではなかった。もうリレーの順番はまわってこようとしているのだ。しかし、6時21分に来ようとしているバスは依然訪れなかった。まるでその空いた時間が夜空に膨張するようで、少し心地よかった。1分が10分になる瞬間があるのだ。この静けさが僕は好きであるようで、しかし自身の内なる駆動音だけは、なんどもキーを差し込みされて、差し込み口の塗装が剥がれかけているスロットルをなんども確認するように回すたび、震えてはピタッと静止する。この情熱と冷静のあいだが、なぜか世界の真理、ではなく、ただ僕の世界中での真理であればいいなと勝手に勘違いしていた。

 

ニャァアァアアゥオオーーーーーーーーン!!!ムンニャ、ムンニャ・・・・。。

 

猫バスが来たようだ。巨大な猫の身体はもふもふな黄色の毛に覆われていて、茶色い斑点があった。猫は僕をじろぉ〜・・・と値踏みするような目つきでみて、ニコッと笑った。僕は以前アルバイトをしていた場所で、唯一笑顔がすばらしいあの娘を思い出した。あの娘は人を幸せにするチカラがある。と僕は値踏みして、ニコッと笑ったように、この巨大なマンモス猫も笑ってくれたのであろうか。まあ、そんなことはどうでもよくて、猫バスの中身はほぼ満席だった。朝からみなさん仕事らしい。そういえば、今日は月曜日だっけ。そういえば、父親が家をでたのが朝の3時だった。父は朝早い。朝から色々と急がしそうな人たちを横目に、僕は"時と場合に寄ってはお年寄りにお譲り下さいシート"へと腰を下ろした。座る時に、足に黒いバッグを落として挟まないように注意しながらゆっくり座った。僕はよくそういったドジをするから。。そこからしばし記憶が無い。起きたら、ここは神戸、三ノ宮に居た。ありがとうございました。ととりあえずバスに一礼して、また度でかい荷物を片腕にぶら下げて僕は千鳥足で彷徨い始めた。三ノ宮は見慣れた場所であるので助かる。友人の山根が大学時代住んでいたこともあって、よく訪れていたので少しだけなら地理がわかる。たとえば、どこにチケットセンターがあるのかとか、まんだらけがあるのかとか、そういったすごくつまらない情報である。それよりも、僕はこの目の前に映り込む画像と喧騒というボリューム以外に感じているこの、映画館の雰囲気みたいな、映画とは別のアノ雰囲気とか空気感はなんなのだろうかと、その情報だけを頼りにして歩いている感覚を覚える。知らない土地にくると、雰囲気や勘を頼りに歩くしかない。これはとても動物的な、人間のずっとずっと古い感覚、埃でちりつもり、油なんてついちゃったりするかもしれない、汚れも激しいような、使い古されていたけど今はもう、、みたいな感覚を、、人間は微かにかんじとっているのではなかろうか、、という感覚を覚える。つまり地図は要らないのではないだろうか・・・。でも、要りますね、ええ、確実に要ります。というのも、やはり土地は開拓され続け、構成され、デザインされ、透明のビニールをはがすと、まるで違う場所になるようなマ法を人間は使うからだ。G00gleさんありがとうございますっ!といいつつ、僕はネット使えないガラケーなので、以前そこらへんは人に聞いてまわる、古風な人間である。機械には使えない人間のチカラを使うと精度はめちゃくちゃである。あそこのカドを右にまがって、まっすぐ、その次のカドを左だよ。とその通りに動いても目的地、まったく見えないということが散々に起こりえたからである。つまり、おれだけに頼るんじゃねえ、という人はそのくらいの気まぐれ度合いで稼働しているということである。機械はそうではない、全ての答えに至るまでの過程を計算し、なんとしても答えを算出しようと試みている。そして、その答えをおしえてくれる。最終地点まで導いてくれるのが、機械的ダナと思う。ということは、僕はもしかしたら機械的な人間なのかもしれない、と思った。僕も最後の最後まで教えてあげないと、何故か不安になったりするタイプで、完璧主義というか、そういう変な性質を確実に持っているからだ。江國くんって、完璧主義?ってよくバイト先で聞かれるのだけど、いや、、そんなことはないと思います。と答えるが、実際、完璧主義な、機械的人間であることにこんな所で気付いてしまった。ああ・・・。

 

大阪駅の地下で散々迷い、1時間歩いた後、目的地へと私をとどけてくれる電車にのりこんだ。僕は静かな電車が好きだ。岡山から尾道へと続いている、アノ時間帯、午後4時くらいに乗った電車が最高だったと記憶している。そこから眺める景色はまるで、つげ義春のマンガにでてくるような炭?燻製された木片でつくられた昔ながらの家が覗くようになり、反対の窓からは夕暮れドキの朱色と雲のかかった大きな山が見える。家の洗濯竿に干されているのは木綿のスパッツが風になびいてゆらゆら揺れている。(なんて呼べば良いのかよくわからないので、現代用語であるスパッツでお許しいただきたい。)電車はずっと前から好きだった。乗るのが好きだ。阪急、LOVEです。濃いめの緑のシートに内装は渋い黒茶のフローリングタイプの壁面。ツヤツヤしている記憶がある。なんというか、これまた夕暮れ時に乗ると、ここは前衛的な、いや・・・とても古風で西洋的なカフェテリアかと錯覚するほどである。ぜひ、セブンイレブンのほっとコーヒーでも買って乗り込みたいところであるが、飲食禁止だとおもうので、残念。観光スポットに入れておくと吉。

このように、僕の興味というのは、ある特定の分野とかモノとかにはほぼ無いのがおわかりいただけるだろうか・・・・。僕はだから趣味の話しが出来ない。趣味がない。といえばいいのか、こだわりが無い。僕は空間とか、模様とかそういうものにしか反応しないただの暇人である。だから、生きていける。とも思うのであるが・・・。暇人は集中しなくても、知らない場所を歩けば事足りる。知らない路地や場所は僕にとっては暇つぶしにはもってこいです。

しかし、なにかに過集中しだすと、それはもうヤバい。精神状態撹乱。崩壊の始まりだ。仕事や恋愛はそうなりやすい。どうしても一つの方向しか見えないので、60°の視野では捉え続ける生命力が足りなさすぎる。だから、辞めてしまう。つまり三ヶ月しか続かない。僕はそういう特性があるらしい。これはとても興味深いことなのだと自身はおもっているのだが、どうだろう。

ではどうすれば、この狭い視野を広げられるかを試すのが僕の人生の使命であり、課題であるのだ。ずっとそうなのだ。むかしから。昔は弟に依存していた。確実に。弟が全てだった。弟がいれば、おれはハッピーだった。ずっと。でも、弟はおれが高校になった途端、いなくなった。居たけど、アイツはアイツではなくなった。という錯覚が僕の中で生じた。完全なる錯覚であるとおもうのだ。アイツは自立しただけなのだ。自分の精神を自分と自分以外の周りの関係で持ち上げるだけのチカラをもった、ただそれだけであるのだ。

僕はというと、依然なにかに依存していなければ本当に寂しい状態だった。しかし、それだけのチカラが僕には無かったようだ。ずっと寂しい状態が続いているのだから。だれかおれに注目してくれ、というかおれの所有物になってくれ、そんなことを叫んだ所で誰一人自分の元に現れてくれる人なんていやしない。人は電池で動いているわけではない。でんぱを受信して、コントローラーの操作によって、動いてくれる人形ではない。だから、魅力があるのに。。おれはそういうことが全くわかっているようで、わかってない。

 

電車にのって5分もすると、目的地の駅へ着いた。いきなりリレーのバトンを渡されどぎまぎしている僕は、ただ、夢中になって走り出すしか無かった。駅を降りてからも、何度も確認したはずの地図を思い出し、さらに、自分で手帳にかき込んでいた自家製の地図をとりだし、なんども見やる。歩き出した。迷った。近く似合ったファミリーマートにはいり、アゴにちょびヒゲをはやした、細身で背の高い彼にきいてみた。とても優しかった。でも、その優しさの裏で、ウザい客がきた〜!って思われているのだろうなとなぜか、感じた。きっとこの人は頭がいい人だ、とおもった。発達障害を抱えている人と接している時、僕はとてもその人たちがピュアであると感じる。その瞬間がピュアなのだ。だから、雑念が入り込まない。それはなぜなのか?そう言い切れる理由は?ってきかれたら答えられない、情けない。しかし、何故かそう、感じるのだ。裏で何も感じていない人というのは実はスマしていることがおおいような気がする。そんなサイテーな想像を巡らせつつ、目的地まで導いてもらった。このお兄さん、生き辛くないだろうか、、と少しだけ心配したが、僕の勘は的外れなので、信用しない。人の良い所だけはキッチシ見れるのだけど、不幸にかんしては、まるで的外れなので、悩み相談とか受け付けられません。聞き役に徹したいと思う。

 

ギャラリーについた。天神橋筋3丁目、その名もR'sギャラリーである。写真で見かけたときは、この建物の異様な存在に驚いたのであるが、実際にみてみると、とても周りに馴染んでいた。というのも、やっぱり周りの景色や、通りすがりの人たちの群れ、人の声や足音、店の宣伝などの雑音、を感じると建物の存在というのはここにあるべくしてあるのだという感覚を抱かずにはいられない。たまに岡山のとある集落、旭川沿いの異様なレベルの建物に出くわすことがあるが、あれは別件である。別件がそうあっては困るのがこの世の中なのだろう。それで少し安心した。入りやすいとおもったから。

 

 

Twitter坂口恭平さんの「ズームイン!服」のリツイートが流れてきている。買わなくては・・!とおもいつつ、ブログを執筆することにする。僕は坂口さんのドローイングが大好きなので、買わなきゃな。ここで宣伝、著:坂口恭平「思考都市」お勧めです。ぜひ!

 

 

R'sギャラリーに入ると、まず、店主さんと顔を合わせた。僕はドギマギしていたかもしれない。店主さんは快く二階へ上がってくださいと、僕を導いてくれた。そこは丁度、僕が住んでいる家の居間くらいの空間だった。光が差し込めるガラス窓でもあれば、この空間は一気に庶民化するんだろうな、、とふとよぎる。そこに僕と同じ背丈くらいの髪の長い男がいた。彼はメガネをかけていて、そのまなざしは常に太陽を浴びていて、そのまぶしさを遮るようなあの目つき、鋭い眼光を放っていた。口元からアゴにかけてのヒゲは薄く、ちょうど良いグラデーションの塩梅である。あおいうにさんがイケメンだと、Twitterで写真をあげていた理由がなんとなくわかる。妙に落ちついたそのタタズマイは、失礼ながら、何故か今にも死にそうだった。この人は、なにをするためにここに居るのだろうか?僕はよくわからなかった。だが、彼には自信があるようであったし、もうすでに、そのギャラリーの住人でもあった。つまり、生きるためにただ、そこに居たのではないか。と僕は感じた。この人が白衣を着たらどうなるのか、それが僕は気になっていた。

 

展示の準備は僕が一番おそかった。すぐに床を散らかし、自分でもなにから片していいのか手に終えない状況になりかけていた。なりかけているだけで、決定打を打たせまいと僕は思っている。決定打をうたせてたまるか、の精神で今年を乗り切らねばならないことを1月、2月を生きて感じた。諦めたらほんと一瞬で終る。そうおもった。それほどまでに今年は厳しい年になりそうな悪寒をずっと感じている。今も。

 

そうして、僕とwallさんは黙って展示の準備をしていた。というか、僕は一人になりたかったのであるが。しかし、この男、wall-handさんは邪魔にならない。一緒にいると良い作品の展示ができる、そんな気がしていた。会った瞬間、初めから、何かを予期し、察知していた。この男なら、信用できるとおもった。だから別に一人より二人でこの空間を満たしていた方が良いと思えた。腐女子の方々、これはそういうものではないのでそういう目線では、ぜひ見ないで欲しい。これはただの言葉にできない、得体の知れない僕とwall-handさんの"ただの空間とそれら"の話しである。

 

こんにちはぁー。トットットット・・・・階段を上ってくる足音。靴の底が硬いのだろう、鈍い音が部屋まで響き渡ってくる。靴はブーツか何かかな?とか考えながら、僕はまだ飾る前に、床に出したゴミの片付けをしていた。一体自分は何をしているのだろうか・・。まったくわからないまま、僕はその女性をみた。wallさんと顔なじみであるだろう、その女性は黒い服装をまとっていた。ちょっと言い過ぎると、ゴスロリのようなファッションである。長いストレートの髪の毛。前髪は眉にかかるくらいで横一列にパッツンしてある。髪にもアクセントとして、リボンの黒い飾りを施したその女性に挨拶をした。こんにちは、青色です。と挨拶をまず受けた。僕は、こんにちは、えぐみです。と生意気で攻撃的な態度を半分おりまぜつつ、返した。おそらく、青色さんはその感覚を少しだけ感じとっていたのではなかろうか。。僕はそういった、生意気な癖が抜けないガキである。もし、そういった感覚を感じとっていたならば、非常に申し訳ない。ここでおわびしたい。こればかりは、人生経験が浅いからそうなってしまう、ただの僕の怠慢がよんだ不幸である。幸福になりたい。

 

ここからは記憶が無い。

いや、あるが、無いことにしたい。ここまで述べたところで、僕のガソリンは尽きた。