僕は不器用です。

何かしら興味のある事をつらつらと書きます。

ちょっとした虚構とリアル

2015年2月2日、晴れ?家から一歩も出ていないし、外の景色を洗濯ものを入れた時くらいしか見ていないので、はっきりと天気を想像することができていない。だから晴れ。自分の都合に合わせた晴れ。噓か真かわからないことなんていくつも転がっている。僕のさじ加減で決められたアレコレは、ついぞ実力を発揮すること無く、さらさらと記憶の彼方へと消え逝く。虚しいかな、日常の虚構とはそれほど儚く消滅する夢の欠片である。

僕は使い古した手袋を見やる。こいつはこの冬存分に活躍してくれた相棒であり、僕の手を守ってくれた恩人でもある。指の所の毛糸がほつれて、下地がモロに見えてしまっている。残念だ。僕はばあちゃんにこの手袋をなおしてもらえないかと、母に交渉してみようとおもった。直接僕はばあちゃんに何かを頼んだことはそういえば、ほとんどなかった。僕の周囲を構成している神経回路は、大体母が起点となり、信号を送信する枝葉がそこからわかれていく。僕は、マザコンなのか?嫌だな、、とか思いつつ、でも、なぜかばあちゃんに直接働きかける文化が僕の中には存在しないので、多少窮屈である。これも虚である。実は、僕が動けば、なんなく婆ちゃんに直接交渉することは容易くできてしまうのだ。しかし僕は、噓をつき、母からの電信を依頼することになるだろう。

リアルには非常に動きのとりづらい自分、想像しえても行動できない、僕が僕をしばるしがらみや、恐怖が存在している。しかしこういったことは、行き過ぎれば愚痴になってしまうような危ない話題なので、僕は避けたいのだ。

とにかく僕は手袋を直して欲しいと思っている。手袋だって買うと2000〜3000円くらいする情報をショッピングの最中にゲットした。高い。

1000円くらいの手袋を買おうと思ったのだけど、はめたら暑すぎてやめた。手が暑すぎて吐きそうになったことはあれが初めてかもしれない。すごいことがあるものだ。人生何があるかわからないとはこのことだろう。

最近、寝起きがダルくてどうしようもないのだけど、今日はなんとか目標である"部屋に掃除機をかける"を遂行した。ホコリがたまりやすい部屋なので、可視化できるホコリがでてきたら掃除のタイミングである。こういう時、この部屋とも付き合いが長いのだな、、としみじみ思うことがある。夕方の5時ころ掃除機を当てながら、いろんなことに気付いた。不治さんから無料で頂いた冊子がまた読みたくなっていること。少女病棟展で売買するつもりの"ちょっとかわいい用紙"を透明の袋に入れる作業をしなくちゃいけないこと。同人誌ってメロンブックスで確か売れるよね、って思いついたこと。どこやかしこみても、マンガのネームばかりが転がっているな、という自分の部屋への感想が浮かんできたこと。....etc

 

全部描いてたら凄まじいので、このくらいにしておこう。僕は集中することが苦手なのか、掃除機かけてたら色々なものへと意識が分散ゆく。部屋が片付けられないタイプ。でも、整理整頓だけはしている。物をなくすのが嫌なのと、やっぱり雑多は落ちつかないから。たとえば、絵の具12色セットのチューブがバラバラに部屋に散らばっていると落ちつかない。それは輪ゴムでも箱に入れてでもいいので、まとめたい。そういう整理は必ずする。でも、場所はどこにおいてあってもよくて、大体この辺ってのがあればいい。そういうタイプなので、こだわりは少ない方だと思うし、部屋もあんまり整理出来ていない。マンガのネームがそこら中に転がっているのもそのせいで、タイトル分のやつだけまとまってればいいので、マンガネームを置く場所はマンガによって様々で、べつべつの場所へとしまってある。これが非常に厄介なのだけど。後で要りようになっても、出てこない。不治さんの冊子もそうだった。掃除中、掃除機をほっぽって、不治さんの冊子をさがしていても出てこない。不治さんは独特で強力なオーラの持ち主だとおもうので、もしかしたら、この部屋が気に入らなくて、出て行ったのかもしれないなどと想像をめぐらせてみた。十分にありえる見解だったので、僕は諦めそうになった。そうしたら、ずいぶん探していたステッドラーの消しゴム×20が出てきた。これで僕は消しゴムに一生困ることがなさそうである。超嬉しい出来事であった。MDをいれていたカゴの下にあった。カゴは通気性の良さそうな、ブルーの穴がポツンポツンあいたプラッチック製の安物である。見つからなかったのはそのプラッチックのカゴにステッドラーの消しゴム×20(箱入り)を最初にいれて、その上からMDがはいったケースなどを重ねて置いていた。プラッチックのカゴは高さ2cmくらいまでは穴が空いていない。つまり横からみても、丁度ステッドラー消しゴムの箱は見えないのである。まさに、これぞ神隠し。いや、自分で隠したのだけど。つい、その箱が邪魔になってどこか置く場所ないかなあ、、と探していたときに、MD入れてるプラッチックのブルーのカゴが目についたのであろう。そして隠すようにしまったのだ。僕は前世はリスだったのかもしれない。仕舞う時に隠す癖があるのだ。だから、不治さんの冊子もなかなか見つからなかった。

本が仕舞ってある場所は全て探した。すると、最後の地点を調査していると、ポロっと出てきた。不治さんの冊子だった。そう、不治さんの冊子は変で、冊子に一枚トレーシングペーパーをかぶせて製本されているのだ。僕は不治さんのそんな変な狙いが好きだ。おそらく僕が推測するに、トレーシングペーパーを一番上にかぶせることで、まず、本として扱い難い。つまり動物で言えば猫のような扱い辛さと共鳴し、それが可愛さにつながったのではないかという推測。そして、これは僕のオリジナルな考えかもしれないけど、トレーシングペーパーは汗をすいとりやすい、つまり水分を含むと、紙がへにゃ?とゆらぐ紙質をもった紙であるので、長く手にすればするほど、その歴史がトレーシングペーパーに足跡として残るのである。べりべり!という音も面白い。

不治さんのそういう感性には憧れを感じている。というか、僕はやっぱりトレーシングペーパーが一番表にくるのも、中身に入り込むのもやっぱりうっとうしくて、嫌なのだけど。本の在り方の美としてはトレーシングペーパーは入り込む隙がないと思う。

でも、本作りは自由なのでどうなっていてもいいのだ。