趣味の世界

興味のある事

015 1.25

起床朝4時。夜が明けきらぬ家の中でチャーハンを炒める。材料はトマト、卵、ご飯、こしょう、しょうゆ、オニオンすりおろし。少しご飯が水分でぐちょぐちょになってしまったがまあいい。味は少し濃いめ。冷めた時にでも美味しく食べられるマホウをかけたつもりである。

バイト(交通量調査)へ。今日のアルバイトは計測器が初めて一つから二つへ増えたものだった。この前バイト先で仲良くなったおしゃべりのカイ君と現場で顔を合わせ、世間話。同じ場所での作業だと思っていたが、違うよう。今日はマジメなのか不良なのかよくわからない白髪まじりのおじさんと一緒に作業をした。それと若い体育会系な女の子。身体は細いが柔道してそうな感じがした。おそらく女子柔道の選手に顔が似ていた為である。失礼。。

おじさんとは朝、出会った時に少し話しを交わした。気温についてはなしていた、そこから沖縄の話しへととび、もう続けられないと僕が早速断念したので、会話を終らせた。僕は諦めが早い。良いのか悪いのか、よくわからないけどあまり会話が好きじゃないし、望んでない。変なの。

タモリとさんまがしゃべりが上手いというような内容を今日風呂の中で読んでた自己啓発本にみつけ、あらためて、喋りがうまくなりたいと今日感じていたアレとは矛盾した気持ちとなった。なんだこれ、、。

 

その白髪まじりのおじさんは、たれ目でひじょうに貧相な、、顔つきをしており、、失礼ですよね、、いや、でも本当にそうなんです。

僕に敬語をつかってくれる珍しい方でした。僕に敬語を使う人間は滅多にいません。すこしでも慣れたらすぐに敬語を崩してきます。そんだけ僕はなめられやすいということなんですが、敬語を終始使ってくる人は、、、そうですね、、たいていナマイキといいますか、、生意気な感じだとおもいます。ケンカふっかけられてるような緊張感がありますもの・・・。

いや、まあそんなのはどうでもいいんですが、めずらしく目上のかた、年上の方に敬語で接して頂いたので、なんか奇妙な気分でした。

 

そんなこんなで、僕たちは作業場の下見へ。歩行者、自転車の計測のみで、車の計測は一切無し。講習で習った知恵は何一つ要らず、あの講習はなんだったの?みたいな気分。まあ、講習の内容も何回か重複して受けていたこともあって、だいたい把握していたのだが。

とりあえず、僕らの地点は簡単な計測であることが判明した。よかった。簡単であることにこしたことはない!しかし、今日僕は、運がなかったようにおもう。そういえば今年は大殺界の陰影の年ですしね。

仕事の時間、作業を続けていると持ってきていたでんぱ時計が急にバグリ始めてしまったのだ。画面の文字が上下にスライドしながら点滅し始めた。表示されている時刻は完全にストップしてしまっている。僕はこんな時に電池がきれてしまったのか!!?と焦った。このアルバイトで計測の道具として使っていいデバイスは正確に時刻の合った時計、ただし携帯電話以外。という縛りつきの内容。係の人(社員さん)が見回りしているので、携帯電話をみていたら、もしかすると減給食らう可能性がある!!と思い、僕はケータイはみることができなかった。いざとなったらケータイをだすしかないんだろうケド・・・。

そのとき僕は正直になり、説明したら良かったのだ。ケータイを潔く使って、デジタル時計が止まったことを知らせるべきだった。しかし、デジタル時計は、、、なんと!動き出しました・・・。安心した、、のも束の間、時計の時間はケータイと比べてみても一目瞭然、進んでいる数字がまるで違っている。正確な時間を示しているのがケータイなのかデジタル時計なのか、一瞬判断しかねる瞬間が僕の中ではあった。その次の瞬間には僕はケータイ電話が正確な時刻を示しているデバイスであることを確信した。そして、デジタル時計とケータイとで、いったいどのくらいの時差誤差が生じているのかを確認した。その誤差はちょうど一分間であった。この一分間ジャストという間隔が、ますます自分の頭の中をかき乱していった。つまり、また僕は混乱したわけだ。なぜ混乱が生じたのかといえば、この一分間ジャストの誤差が全くの正体不明、なにを意味しているのかわからなかったからである。正体不明なものを信じられる根拠がまったくないので、僕は一歩下がって考えた。もうこのまま、、デジタル時計を使おう。。しかし、コイツは正規の日本時間よりも一分間ズレが生じた空間でさまよっている時計かもしれない・・・。

おそらくケータイ電話は不特定多数のユーザーが利用している端末デバイスであり、より多くの電波を確かな情報として受信している強力な情報源となりうる素材であることは間違いが無い。つまりケータイ電話ほどに信じられる情報源がいま手元にはない。コイツこそが今現時点の日本現地に足を着いている存在である!と僕は確信した。

つまり、ケータイの時刻を信じようと思った次第・・・

 

そんなわけで体裁としてはデジタル時計をつかい、計測開始。

一分間とち狂った時計という流れを僕は体験と様々な思案から、実感として感じ取っているので、その一分間の修正をしてあげれば、デジタル時計でも記録は取れる。デジタル時計の方は秒単位で刻まれるのでまさに丁度一分前の時刻を知ることが出来る。その時に計測した記録を記録用紙にかき込むのである。まさにドロボウのように素早く・・・。

 

そこへ係の人が見回りにやってきてしまった。丁度僕が記入用紙に書き込みをする瞬間である。不味った。僕は丁度一分前に書き込みを開始していたからだ。この計測は時間厳守であり、ぜったいに決められた時刻になってから調査票に記録をかき込まなければならない。つまり、かき込む時間がくるまでは計測を続けていなければならないのだ。

僕は焦った。減給や・・・・・。9000円が7000円になるんやろか・・・となぜか大阪のノリになる。すこしでも気分を和らげる効果が大阪のノリにはあると伝え聞いている。そんなのはもちろん無いが。気分の問題である。

 

 係の人は僕のデジタル時計と僕の記入の瞬間をはっきりとその両目(1,0くらいの裸眼視力)で捉えていた筈である。僕は後ろから覗き込まれているという、背後の空気感に気圧されていた。ついに僕はシラを切ったのである。これは本当に僕が自分自身嫌いな特大点である。最悪である。

自分が困っていることに自分で気付いていないのだ。自分が自分でやっていることがすべてわかっている、お見通しだから、すべて物事は自分のチカラで上手く運べます、と僕は言う。しかし、ここでは上司と部下という関係。仕事を任せるほうと、任されるほうが存在する関係である。任される方は任せた方への説明責任があるし、任せた方は任せられた人を監督する義務が生じてくる。もうこれはオトナの社会の仕組みにぐいぐい入り込んだちょっとした社会空間、世間空間なるところでのできごとなのだ。

 

このような説明出来ず困っている心情は、つまり自分が困ってますよーってこととおなじである。ホンネは自分で管理出来てるからいいでしょ!ですけど、心情は困ってるんです。これは仕事で"困ってる"ことと同義なんです、よ!

 

自分は困っていたにも関わらず、係の人の判断を仰がず自分の判断で乗り切ろうとした根性無しでございます。。自分自身の困った心情を、自分がしらんふりしたんです。結果はどうあるか?自分が傷ついて終わりです。THE ENDです。

本当に僕が何度も同じ橋の上を判断という架け橋がぐらつきながらも渡ってきた過ちでございます。

でんぱ組inc.の最上もがさんはブログでこう告げております。

辛いと思うことも自分が、変わりたい、変えたい環境があるという場合はガマンしてでもやらなきゃいけないと思う。

 

と・・・・。

 

 

僕は変わりたいです。この過ちを犯すことのないようにしたいです。

強くなるって本当にむずかしいことなんだなと思います。

一朝一夕でできたら一石二鳥なんですが、無理です。

だから、ほんと、、ガマンが必要でした。

僕はガマンが苦手です。よりによってネ。

 

でも、ガマン。

ガマン!

ガマン、カマァ〜〜ン!!

思いつきです。