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僕は自分自身のことばかり考えている

"はじめまして。坂口恭平です。"から始まるこの本、「独立国家のつくりかた」(2012年5月20日第一刷発行)を読んで、かねてから彼の動画やその他の図書、日記をよんできた僕でさえ唸った!困惑した!問題作である。

 

いったい坂口恭平とはどんな人物なのか?

 

僕が注目した本の目次をみてみよう。

 

第4章 想像の方法論、あるいは人間機械論

1 創造の定義ー

人生はやりなおすことができない/

自分のやりたいことなんてどうでもいい/

創造とは疑問を問いにすること/

死ねない環境をつくる

 

2 自分を一個の機械と考える

断定する事が大事/

人間機械論/

才能に上下はない/

楽するポイントを間違えない/

パトロンを持つ/

 

3 絶望眼のつかいかた

鬱が起点になる/

絶望眼が目を覚ます/

死にたいときはとにかく見る/

レイヤーをつくる/

 

このあたりが非常に気になっている。

2、3度読み返している。図書館の本である。(ちなみに図書館とは坂口さんが取材したホームレスによると、"本棚、書斎"であるという。)

 

たとえば、"自分のやりたいことなんてどうでも良い"という項目。

これ、僕すごく違和感感じてしまいました。

やりたいことしないの!??って、どういうことだろう?みたいな・・。

 

人、動物は欲望の生き物です。やりたいことがあれば、実現したい生活があればそれに向かって動き出します。

現に今、みなさん働いてお金を稼いでいる途中でしょう。生活の為に。。

 

国はどうでしょうか。戦争をしたのだって、負けたら相手国の言いなりになってしまって自国の生活が脅かされる心配があったから、と考えられます。

 

ここで言いたいのが"やりたいこと"という表面上の欲望と、"生活"という根源的な欲望の違いなのだと思います。

坂口さんは、やりたいことをしている人間には二種類いると言ってるような気がします。

(これ、間違ってたらやばいんですが。。)

 

坂口さんは子供の頃から、物心ついた頃から自分の空間というものに非常に興味を持っていて、たとえば"秘密基地"というものが男の子のロマンなのですが、自分にとって心地の良い空間とはどんな空間なのだろう?が坂口さんの創造、創作の原点だと語られています。

昔から建築家になりたいと思われていて、実際に早稲田大学理工学部建築学科へ入学されています。そこへ行ったのも、自分が勝手に師匠とした、石山修武さんの元で建築を学びたいという明確な理由があったみたいです。

 

 このような姿勢から見えることは、自分が行動しようとしたことに対しての目的や動機を明確にしているという点です。人が"動く"ということに対して、そこには理由があるのだ、それをちゃんと意識して物事を見ようではないか。

それが坂口さんの生きる姿勢であると言えます。

 

坂口さんは躁鬱病患者でもあります。そして鬱の期間には何も出来ない、ただ寝転がることしか出来ない、といいます。

そのような時に坂口さんは著書で書いています。

"ただ見ることに集中すればいい"らしいのです。

芸術作品をみる。すると、興味深いことが起きるみたいです。

 

 

"社会を変えるための芸術か、他者に迎合した余興としての美術なのかが一目瞭然にわかってしまう。"

 

 

と坂口さんは本書にかかれています。

 

先ほど僕が言った、やりたいことをする人間には二種類いるという考え方を示している文章だと思いました。

社会を変えるということは、自分が生きやすい(生理的に納得出来る生活)環境を作るための行動であるということ。

他者に迎合しただけの、無意識な行動ではないということだと思います。

 

もっと意識的なのだということ。

 

これには僕もハッとしました。自分のことを考えるということが、自分の生活を基盤とした思考であることは、生物としての根本だと思うのです。

しかし、今暮らしていて思うのは、表面的な情報に翻弄されている自分が確実にいるということです。

やりたいことを仕事にする!みたいなこともおかしいのです。

というと、そのやりたいことを仕事にした時、そこが自分にとって辛い環境であることもしばしばです。その時自分はそこでやっていることを辛いと感じながら、やりたいことをやっているんだから乗り切ろう!でも、鬱病になるかもしれないけど!なんて割り切って仕事していけるでしょうか?

僕、無理だったので辞めちゃったんですが^^;

 

だからよくわかるんです。やりたいことというのも、あんまりにも解像度が低すぎて、入ってみてよくわかりましたって感じのニュアンスです。

失敗はどんどんすればいいとおもいます。

 

しかし、その自分自身にとってやりたいことというのが表面的になりすぎると、ツマラナイと思うんです。

自分にとってよくないことにもなります。

そのやりたいことをすることでどういう風な生活がしたいのか?

どういう"生きやすさ"が生まれるのか?

自分が本当に生きやすい環境がそのやりたいことをすることでセッティングできる思考が確立しているのか?

ということなんです。

 

全ては"生活"に繋がっていきます。

 

僕、このまま一人で生きていくの嫌なんで、結婚したいと思っています。

これも自分の生きやすさに繋がることだから、考えているだけなんです。

この時理想とするロールモデルってのが、本書の作者である坂口さん夫妻でもあるのですが。笑

 

自分を知るということ、そして自分がどうすれば生きやすい環境をつくることができるのか(社会を変えることが出来るのか)ということ、徹底して考えなければならないことだと思うんです。

 

生き延びる技術って僕は自分自身の生き方を徹底して考えることでしょ、って思ってます。

 

身近なことほど、考えない無思考レイヤーの段階的成長。小学校、中学校、高校、卒業して大学、就職。

ほとんどの人が経験するであろうエスカレーター式段階。

 

そこから転がり落ちることはあまり示唆されていません。

 

うまくいくことだけを見せられてきた人たちが、後に抱える絶望。

 

そのことが僕は非常に自分自身を観ていても思うし、引っかかる事項としてあります。

外れものであるならば、徹底して自分の生きる環境については考えなければならないな、と思います。

坂口さんは言います。

 

"個人のレイヤーを確認するのは簡単だ。全く難しいことではない。例えば、あなたの家には映画のポスターが壁に、本棚には渋いセレクトの哲学書の横に古谷実の「シガテラ」が並べてあり、古着とギャルソンの服が一緒にかけてあるかもしれない。ちょっとダサいものとハイセンスなものを同居させていたり、小さいときからずっと好きなものを置いたりする。はい、それ、あなたのレイヤーです!"

 

自分の好きな方向性を確認するのは簡単だ、自分が構成し、デザインした部屋を見れば良い。好きなものが転がっていたりするだろう。誰しもが自分が自分であることの出来るリラックスできる部屋の空間こそ、自分を示している。