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自律したくて。。。

最近になって、自律したい!と心の底から声が上がるようになりました。自分の中で何らかのスイッチが入ったのです。以前読んでいた中尾英司先生のブログを拝読するようになり、ますます自律への意欲が高まっています。

確実に言えることは、自律すれば恋愛も仕事もきっとうまくやっていけるだろう、人間関係も改善するだろうというビジョンがとてもよく見えるということです。

 

もともと僕がAC(アダルトチルドレン)のことについて思うようになったのは、去年の十二月から付き合っていた彼女に「アダルトチルドレンだよ」って言われたところから始まります。その時、僕は「まさか・・・?というか、アダルトチルドレンって聞いたことがあるけれど、よくわからないや。ピーターパンシンドローム?のことだっけ???」くらいにしか理解しておらず、なんのことやらさっぱりピーマン状態だったのです。確かに僕はずっと前から、何者かにならなければ誰にも認めてもらえない!仕事がうまくできない!人が怖い!恋愛では裏切られる!というような地獄を見続けていたのでした。でも、それは全部自分のせいだから、、、と半ば諦めていたんです。自分がどうしようも無いからどうにもしようがないよ、、と。

確かに自分が変われば周りが変わる!とよく聴きます。本にも書いてあれば、どこかのお偉いさんや、能力者、実力者が口を揃えておっしゃいます。でも僕はこう思います、、、「あのお、、、でもどう変わっていいかも手付かずで、やることなすこと全てが失敗するという意味のわからない現象が続いていれば、変わろうとする気力ははっきり言って"ゼロ"に近いんじゃ・・・・」と。。。僕がそうだったので良くわかっています。変わろうとする気力すら持てないのに、周りからは変われと言われ、変わろうとすればまた失敗が起こる。そんなのやってたらどんなに命があっても続きません。命が続いていることがむしろ奇跡的です。だから、僕はまずは何が原因かをはっきりと見極めることが大事だと思っています。何もかもがうまく回らない時、何かがあるんです。一つ一つ要注意すれば正していけるよ!というような単純な話じゃないんです・・・。それだったら、もう僕はなんらかの成果を上げていると思うのです。。努力をしなかったわけじゃあないので。。

 

"自分なり"の努力はしてきました。

 

自分なり・・・・・。はい、、これが原因です。自分です。あの時の自分が原因だったんじゃないかって思います。自分がやることなすことは、全て失敗した。"自分が"やることなすことは全て失敗した。はい、、、この"自分"ってやつが原因じゃあないのかな、、、と僕は考えてます。

 

つまり、生き方自体が間違えていた。

 

僕は年齢で言えば31歳ですし、体も大人です。ですが、心はまだおそらく10歳前後。母親にも父親にも甘えていたいと言っています。すごく甘えん坊です。事実、朝寝坊をわざとやらかして、母親が部屋に迎えに来るまで待つ、、というようなことを無意識的に何度かやっていました。とにかく注目して欲しいと思っていたようです。特に僕の父親は子育てを母親に全部投げっぱなしにする人で、母親は根を上げることもしばしばでした。それを小さかった頃の僕はすごく心配していて、一つ下の弟の前で模範となるような兄貴を演じていました。つまり弟と母親の世話をしていました。いわゆる良い子です。周りの大人からも褒められていたし、これで順調なんだ!これが俺の人生!正解正解!っていう感じで、全く甘えず泣かずの子供でした。本当に^^;

 

そんな子供、、、子供っぽいと思いますか・・・・?汗

実際全く子供っぽくはなくて、むしろちょっと大人だと自分で思ってた節があります。母親の世話ですからね。。。当時は世話とは思えなかったけれど、今から思えばお世話してるのはこっちだったような気がします。そんなこんなで甘えることなく育った僕は、小学生ではテストで100点を連発する子供だったので、中学高校でも期待され勉強には親の熱が入っていました。正直、当時は心が子供すぎるので気づけないんです。勉強することが将来をよくすることだ、両親を喜ばせることだ!というような直結した考えしか持てなかったのが正直なところです。だから、素直にやるんです。黙々と。別に嫌いでも好きでもない勉強です。勉強がとっても苦痛だったら逃げ出してたこともできたでしょう。いわゆる不良とかヤンキーに友達はいたので、逃げ出すことはできたはずです。しかし、ここでは運悪く逃げ出せませんでした。

 

だいぶ省きますが、、そうして今、このような失敗だらけの自分になっています。つまり、中学くらいになると自分が生きる指針、生きて行き方、自分の在り方をおおよそで掴めるはずなんだけれど、僕はその作業をまず逃しています。自分は勉強をして高校に受かるぞ!くらいにしか考えていないわけです。いや、、少し逃げ出すチャンスはあったんです。一度だけ。。仲の良かった友達がいて、そいつと同じ高校へ行きたかった、という希望がありました。それを母に話すと、勿体無いと言われ、泣かれ、泣く泣く塾へ通うことになり、そいつと同じ工業高校へは行けず進学校へ行くことになりました。あはは・・・笑

どうしようも無いです。泣かれるのは初めてだったし、かなり動揺したので。。泣かせてしまった!!っていう衝撃でした。女を泣かせる、、母を泣かせる、、、ものすごい罪悪感、、、男として、、子供として、、、、。わかりますでしょうか・・・?すごいですよ。破壊力が違います。モラハラにも程があります。母として絶対にやっちゃあいけないことをしたんじゃないかって今の僕は感じています。やっちゃいけないです、ほんと。トラウマになるので。。

 

母は依然として昔のままです。。少しは歳をとってきて違ってきた、、というか俺が変わって違うように見えるだけ。。。本質は変わって無いですよ。大丈夫です、変わりないです。息子のことが気になるから、、と人の日記を勝手に読む母もいるし、夜ご飯を作ってあげてるんだからと、必ず出かけるときは一言くださいっていう母もいる。子供が二十歳超えてもそんなこと言ってました。今も僕は実家暮らしですが、毎日ご飯は自分で作っています。それでも、母は俺の分と思われるものを台所にラップをかけておいてたりします。聞くと、明日の自分の弁当に持ってく、、とかいうんですが、確実に俺に作ってます。もう、色々と介入してきます。。それでも、僕がアダルトチルドレンだと気づいて、元カノにアドバイスを受けながら生活を変えていってからだいぶ介入が減りました。本当に元カノには感謝です。ありがとう。

 

僕が望んでいるのは「家族であれ、人と人、一線を引いて付き合う」こと。二十歳が過ぎたら大人なんだということをちゃんと自覚して生きて行きたいということです。その上で親とも弟妹とも仲良くしたい。それができれば、僕の人を見る目は変わります。社会に出て働くこともできるようになります。まず人に甘えなくなります。きっちり真面目に仕事をこなそうとはするのですが、今の僕は人に責任を取らせてしまいます。自分で責任が取れません。甘えてしまいます。なので、職場の人間関係すら自分のせいにしているようで他人のせいにしているところがあります。あの人が〇〇だから、僕は声がかけられない。。というような感じで。。

違うんです。僕には確かに仕事でトラブルがあり、罵倒されたトラウマが二十歳の頃にあるのですが、それにしたとしても、仕事場の全ての人間を怖がるというのは極端ですよね?しかしながらそこらにいる人ほぼ全員がモラハラ人間に見えてしまうのです。仕事場だけではないです。外に出ると大体全てです。(ただし、10歳前後〜それ以下の歳の子には心から接することができる。全く怖くない。)カフェでさえもそうでした。自分の悪口を言ってるんじゃないか、自分を笑ってるんじゃないか、、と不安に次ぐ不安。心は壊れっぱなしでした。

この症状は、自分の責任を自分で負えないところにあると思いました。自分を気にすることができていない証拠です。自分をなおざりにしています。自分を考えることができてません。一見、対人恐怖は人の文句ばかりで自己中心的なんですが、僕が考えるに自分を一番見てない、見ようとしてないが為に起こる衝動で、自分をほったらかしにしている人が大体対人恐怖を味わってるんじゃないでしょうか。。(10歳前後の子供のような心が大人を目の前にしたら怖がるのは当然のこと、、、。いつもビクビクしてしまう。)

 

僕の中のチャイルド、、10歳の心はどんどん甘えてきます。「苦しいんだ!辛いんだ!さみしい!」と言い続けてきます。 僕の中にもし、親がいないとしたら、、、誰かに頼る他ありません。。しかしうちの母親は面倒見てくれません。だから、他に女の人を探し出します。

 

寂しさを埋めてくれ、辛さをわかってくれ、苦しさを背負ってくれ。。。という為に・・・・。涙

 

でも、、他の女の人はそんなのまず背負えません。無理です。母でも無理なものは無理です。元カノさんは僕にとって母以上の存在なのですが、それでも無理です。自分でやるしかないんです。自分の中に親を作るしかない。自分が癒されてきてもおらず、育てられてもいないチャイルド(10歳前後の自分)の面倒を見る他ないのです。。

 

今、僕はここまで気づきました。

 

だから自分を育てる決意をするし、覚悟もしています。

 

外の人間を全員モラハラだというような偏見の目を捨てたい。真実を見たい。

怯えない自分でいたい。そうなるまで育てたい。安心できるまでじっくり付き合ってあげたい。自分に愛を注ぎたい。モノを与えるとかそんなんじゃなくて、全身で気持ちいいことをしてあげて、感じてあげて、辛いこと、嫌なことはそのまんま受け取ってあげて、それを避けてあげて、、。よかったねって言ってあげたい。

 

生きてることは素晴らしいから、きっと素晴らしいと感じられるように生きられるよ。

 

 

 

チャイルドに響きますよ〜 癒されます。アダルトチルドレンに向けた歌なんじゃないかってほど、、!笑 最近めっちゃ聴いてるノ

 

 

 

 

ルーティン生活と精神衛生面の関係性

これから書くことは非常に個人的な感覚に基づいたものかもしれない。

 

気づいたこととしてまとめたいので、書いてみようかと思う。

まず、今日初めて知った村上春樹さんの一日のおおよそのスケジュールがわかるブログ記事があったので紹介したい。

 

whiteseashell.hatenablog.com

 

こちらである。村上春樹さんが生活についてのインタビューを受け応えしてる発言が紹介されている。これを読めばだいたいどんな一日を送っているのかがわかる。正直言えば、非常にストイックだな、、と思った。なぜなら、僕の生活は時間に縛られていない。計画性がない。何時から何時までに何々をする、、という計画がまずないからだ。だらだら生きてるとも言える。ムーミン谷のキャラクターである浮浪者スナフキンより不健康な生活と思う。一日変わらない風景の部屋の中で過ごすんだものね。つまり引きこもりのようなものだ。

 

時間ごとにあれして、これして、という生活にだいたい皆さん覚えがあるのではないだろうか?僕は夜、外を歩いていてふと思った。

 

村上春樹さんのルーティン生活は学校生活に似ている、、と。

 

何時に起きて、朝ごはんを食べて、登校して、1時間目、2時間目、、ときっかり時間が決まっていて、やることも決まっている。そういう毎日を送る。家に帰ってきてからは自由な時間で、縛られてはいないが、お風呂はいったり、夕食をとったりという時間はだいたい決まっていたりする。眠る時間も。宿題やるのも。

 

きっと子供から大人になる段階で何が違ってくるのかといえば、選択の自由が増えたということだけなんだろう。全部自由時間にしようと思えばできちゃうし、仕事する、しないも自分で決めることになる。なんの仕事につくかも決められる。夜勤もあれば日勤、夕勤もある。そうなると、当たり前だけれど活動時間の自由もついてきたわけだ。自由が増えてきたことで僕なんかは頭を抱えている。計画性がないのでだらだらやっちゃって、しかも引きこもりがちだから余計にタチが悪い生活を送ることになる。スナフキンに憧れる人は多いが、僕はそんなスナフキン好きじゃない。スナフキンと同じ自由な時間多いくせして、スナフキンよりも村上春樹よりも僕は不自由だなとすら思う。それは自由な時間に何をしていいのか戸惑い慌てるからかもしれない。

 

何かをしなきゃいけないんだけれど、何をしたらいいのかわからない??

ということになると、僕は慌て出すみたいだ。慌てなかったら知らないけれど、慌てるんだからなんとかしなきゃならない。思い出すのは幼少期、学校生活時代は案外精神的に安定していたことだ。一日にリズムがあった。その手応えが今も残っているくらいだから、きっとそうなんだろう。リズムがあることで安定することができた。計画されたルーティン生活にはきっと精神衛生上僕にとって、、だけれど、いいのかもわかんない。

村上春樹の生活時間を見ていて、そんなことを思いついた。高校時代に玄関の鏡の中の自分はきっとサラリーマンになるだろうと毎日想像していたのには訳があるのかもしれない。決められた時間で動くのが案外心地よかったのではなかろうか。そりゃあ嫌なことをするのであれば、逃げたい。そろそろ時間だなあ、、さぁやるかあ〜、、となればいいけれど、嫌な仕事とかしてると、行きたくない、、ってなって、仕事から逃げることに悦に浸ることになるだろう。

村上春樹の場合はしたいことをしているから、とちゃんと理由づけされてあるので、ある意味ストイックなルーティンワークだとしても、"やるかあ〜"程度で落ち着くのだろう。精神状態を見たとしてもそれほど負荷がかかってないように思われる。僕も起きたらすぐ絵を描くんだけれど、寝起きの頭の状態は非常に良いことが多いので好きなことだったら比較的に集中力が高い状態で作業に入ることができる。大人の利点は好きな時間に好きな行動をすることができうるということだ。だとするならば、寝起きに調子が良いなら、寝起きに好きなことをするのが一番効率がいいし、気分もいいだろうなって思う。好きを仕事にしている人は、だいたい一番自分の状態がいい時間に仕事ができるように工夫しているはずだろうな、、と予測した。

視覚化すると、レゴのような世界だなあ、と思った。とても抽象的な表現だけれど、組み立てるっていう面では同じ。レゴだとどんな建物作ったって怒られないし。エッチなのだって、気持ち悪い色の組み合わせしてたっていい。デザインなんて関係ない。自分の好きなように組み立てるのが一番。

 

大人は自由だなあ、、と思うし、だからこそ難しいなあと思う。

 

世界が急に拡がってしまって怯える子供みたいな状態の自分は、自分の生活のあり方、仕事のあり方、非常に基本的な生きる方法というものにずっと悩まされ続けてるし、これからも悩み続けるのかもしれないなあと思う。せめて自分一人で過ごす時くらいの自分なりの生活方法、解決方法を見つける旅を早く終結させて安心して生きたいなって思う。

 

 

たまに紹介してゆきます

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毎日とりあえず描いている絵です^^ノ